第84話
お店を出た後、凪砂くんは私の傘も持って歩き出した。アルコールにぼーっと浮かされた頭で、その後ろ姿についていく。雨上がりの匂いが鼻をつき、冷房の涼しさも消え失せた蒸し暑さもあって、いつもなら顔をしかめるところだった。
「お前、飲み過ぎ。ブルドッグ飲んでみたいとか、言い始めて」
「…だって、2杯くらい、ゆっくり飲めば平気かなと思って」
「いつも1杯でやめてたろ。送ってくれるヤツがいないときはやめとけよ」
足まで赤くなってる、と言われて見下ろすけど、ショーパンから伸びる自分の足の色は、辺りが暗くて判然としなかった。その視界に、凪砂くんの手が割り込んでくる。
「おい、頼むから急に立ち止まんな。気付いたらいなかったとかやめろよ」
「…別に、家まで近いから平気だし」
「近くても攫われたらどーすんだよ」
凪砂くんの手が私の左腕を掴んだ。ぐっと引っ張られてたたらを踏むと、凪砂くんの胸に飛び込む形になった。ぼふん、と額が胸にぶつかる。
「お前な…」
「ん…」
「ほら、しゃんとしろ。誰かに見られたらどーすんだ」
2本の傘を腕に引っかけ、凪砂くんは私の肩を掴んで引き離した。改めて腕を掴んで、私を引っ張って歩き出す。
「1人で歩けるわよ…」
「だったら今しがた俺に頭突きしたのはなんだ? わざとか?」
「わざとじゃないし…」
「だーかーらー、危ねぇって言ってんだろ! くそっ、だから空きっ腹に飲むなっつったのに…」
歩幅も小さく、ゆっくり歩く凪砂くんの隣を小走りで歩く。膝がかくんと曲がって、凪砂くんの腕に思いっきり体重をかけると、頭を叩かれた。
「な、なんで叩くの…」
「重いんだよ馬鹿野郎」
「失礼な…」
ぶつくさ言ってると、凪砂くんが急に止まった。追い抜きそうになって、腕を掴んでいたせいで後ろに引っ張られて立ち止まる。
凪砂くんを見ると、珍しい表情をしていた。今にも「やべぇとこ見られた」と口走りそうな表情。
「…どしたの、」
「おーっす凪砂じゃん!!」
ばっと、腕を引かれた。後ろに隠され、凪砂くんを挟んで前の人達を見る。4人いた。みんな日焼けしてる…から、サッカー部の友達だろうか。
「え!? お前、彼女いたっけ!?」
「馬鹿違──」
「あ、例の中学の同級生?」
「マジ?」
「なんでそんなイチャついてんの?」
「コイツが酔ったから送ってるだけだよ! 大体、コイツ、新也先輩の彼女候補だからな?」
…なんでそんな説明の仕方するのよ。咄嗟の言い訳にしても酷いセリフに、凪砂くんの後ろで顔を歪めた。そんなに私と付き合ってるって言われるのが嫌なの。




