第83話
一拍の後に答えた私に何かを読み取ったのか、凪砂くんは「ふぅん」と相槌を打つ。
「お前さぁ、先輩が好きなんだろ?」
「…なんでそんなこと確認するのよ?」
「いや、俺と2人で飲んでていいのかなーと思って」
「家から引き摺りだしたくせに何言ってるの? しかも散々今まで私の家に入り浸ってたのは誰よ! 私の家に入ってるのも見られてるんだから!」
「この状況、見られたらどう言い訳すんの?」
「……凪砂くんの恋愛相談に乗ってました、的な」
「俺を巻き込むんじゃねぇよ。飲み会で質問攻めされたらどうしてくれるんだ」
「そっくりそのままお返しするわそのセリフ!」
店長さんからサラダが出された。取皿2枚、お箸2膳。見上げると、40代後半に差し掛かる、ちょっと見た目は厳ついスキンヘッドの店長が笑った。
「本当、仲良いな、凪砂と深里ちゃんは。君らで付き合えばいいのに」
今までも何度も、その言葉は言われた。常連客の中には私達がカップルだと思ってる人もいる。けれど、凪砂くんが好きだと分かってしまった今は、その言葉は全否定できない。思わず詰まった私に、凪砂くんがソルティ・ドッグを飲みながら私の側頭部を指で小突いた。
「大丈夫っす、コイツ片想いとは名ばかりの恋愛出来レース走ってるんで」
ゆらっと、揺れた頭。頬が上気してきたことに気づき、バレないようにとカシオレを飲む。
「あちゃー、凪砂失恋かぁ」
びくっと、心臓が跳ねる。
「なんで失恋さすんすか…おい、お前、あんま飲み過ぎんなよ」
「だからっ、このくらいなら平気なの!」
「凪砂、お持ち帰りすんなよ」
「しませんよ。送るだけ送っていきます」
店長さんは手羽先を作るためにまた奥に引っ込んだ。凪砂くんは取皿とお箸を私の方に寄越しながら、胡乱な目で私を見た。
「本当に大丈夫か? 顔、赤くなってきたぞ」
その手の甲が頬に触れた。少しカサついた感触に、心臓が更に跳びはねる。
「大、丈夫…」
「ま、そういうのは俺じゃなくて新也先輩の前でやることだな。俺の前でやっても仕方ねぇから」
──あぁ、もう、だめだ。熱い頬と目頭に、私は立ち上がる。
「ちょっとお手洗い」
「ん」
お店の奥にある小奇麗なトイレに入って、鏡の前に立った。とろんとして少し潤んだ目と真っ赤な頬。はぁ、と思わず溜息をついてしまう。しまった、と。
駄目だ。
いまの私は、あんなセリフに寂しさを感じるほど、凪砂くんに気持ちが向いてしまった。
久重先輩と、あんなに仲良かったのに。凪砂くんに言わせれば恋愛出来レースだったというのに。周りから見ても、それは同じだっただろうに。
今更、久重先輩を好きじゃなくなりました、なんて、言えない。




