第82話
こんなことをされながら久重先輩の話をするほど、私は図太くなれなかった。
「…凪砂くん、手、大きくなったね」
「あ?」
すると、凪砂くんは手を引っ込めてしまった。残念な、寂しい気分に襲われながら、カウンターの上に乗った手を見つめる。
「昔はもっと小さかったなって、思って」
「お前の中で最後の俺は中3だろ? 成長盛りなのは高校生もなんだから、そりゃでかくなってるよ」
「あんまり考えたことなかったから、ふと思ったのよ」
「お前も成長してるよ。色々」
「…ねぇ、その色々ってどういう意味? 意味によってはセクハラで訴えるわよ」
「何も言ってねぇじゃん。被害妄想だよ」
意地悪そうに笑って、凪砂くんは店長さんを呼ぶ。サラダと手羽先とソルティ・ドッグを頼んでた。
「お前、結局晩飯は?」
「なんだかタイミング逃しちゃったし、いいかな」
「ちゃんと食えよ。つか空きっ腹にアルコール入れたら回るぞ」
「いま凪砂くんが頼んだのからちょっと貰うわ」
「つか、お前さぁ。忘れてるみたいだけど、俺のLIMEブロックしてた話はどうなったわけ?」
飲んでいたカシオレを思いっきり吹き出しそうになった。慌てて飲み込むと、期間に入ってしまった結局咳き込む。
苦しげに咳を繰り返す私の前に、店長さんから凪砂くんに出されたソルティ・ドッグが流れてくる。その手に乗るかとばかりに凪砂くんにそれを押し返した。
「あのねぇっ、お水でしょ、そこは!」
「またお持ち帰りするチャンスかなと思ってさ」
「もう二度とお持ち帰りされないから」
何度か咳をして、漸く収まる。凪砂くんが頬杖をついてじっと見ているところからすると、やっぱりLIMEのことは誤魔化しきれないらしい。
けれど──冷静になってみれば、私は悪いことをしてない。
「…あのさぁ」
「言い訳、思いついた?」
「確かにLIMEブロックしたのは悪かったけど…凪砂くんも悪くない? 人の傷を抉るようなデリカシーないこと言って…」
「お前、俺のこともう好きじゃないんだろ? なら傷を抉るも何もなくね」
「何その理屈!? 信じられない…悪びれるどころか更にそういうこと言う!?」
開いた口が塞がらないとはこのこと。凪砂くんは本当に、何が悪いのか分からないといった体で肩を竦めて見せた。
「なに、俺のことサイテーって思ったからブロックしたわけ?」
「…そうよ」
本当は──あのとき、凪砂くんのことをまだ好きなんだと気付いて、だけど久重先輩を好きなままでいたくて、凪砂くんとの関わりを極力断とうとしたから、なのだけれど。そんなこと、言えない。




