第81話
「お前の周りってさ。いつも、優しい男がいるな」
「え?」
「ひっしーとか。新也先輩とか」
「え、あー、うん、そうだね…」
その溜息の意味は分からないけれど、凪砂くんはもう一度深いため息をついた。
「…なんでお前の1番は決まってるんだろう」
「え、なに?」
その直後のセリフが聞き取れなくて聞き返したのに、凪砂くんは無反応だった。顔をしかめるけど、不意にこっちを向いた凪砂くんと目が合って、びくっと体が僅かに引く。
「…1年の頃からいるって分かってたら、送り迎えしてやったのに」
ぬっと伸びてきた手に、いつかの夜を思い出してゾクッとする。でも外で何をされるもないかと思って──それでもやはり目を瞑ると、その温かく、骨ばった大きな手が頭上に載せられた。
「…お前も、大変だったんだな」
びくっと、目蓋が震えた。どうしよう、泣きそうだ。
再会したと思えば横暴だった凪砂くんが、そんな言葉をかけてくれるなんて思いもしなかった。じわりと浮かんだ水分のせいで、視界が歪んだ。思わず凪砂くんのほうを見れずに目を逸らす。
私がそんな無礼な態度を取ったことに特に動じず、凪砂くんの大きな手が頭の上を動く。頭を撫でてもらうなんて──久しぶりだった。
『お前、小さいな』
そう言って私の頭を撫でていた凪砂くんが、そこにいる気がした。あのときは恥ずかしさしかなかったけれど…あの時も、こんなに心地よかったんだろうか。驚くほどの安心感に、嬉しさや恥ずかしさより、体の奥でもっと別の感情が疼く。
「そーゆーの、言えばいいのに」
「だって…凪砂くんのこと、知らなかったし…急にこんな話されても、困るでしょ…」
「まぁ、困るっちゃ困るのかもしれねーけど。迷惑じゃねーし」
「…なにそれ」
ぶっきらぼうなくせに優しい。それが凪砂くんの精一杯優しいキザな言葉なんだと分かるから、思わずくしゃりと顔が歪んだのが分かった。でも今、私の中に疼いている感情の正体を知られたくなくて、冗談交じりの溜息を漏らした。
「やだやだ。凪砂くんってば、暴君のごとく振る舞っておきながら急に優しくするなんて。女の子落とすテクニックのつもり?」
「そのつもりだけど?」
「…またそんな嘘ついて」
「まぁ、半分冗談」
じゃあ半分本気ってことなの…とは、否定されるのが怖くて聞けなかった。私の気持ちも知らないで、そんなことばかり。
…そっか、やっぱり、私は。
「次、新也先輩といつデートすんの?」
「決まってません。別に付き合ってるわけでもないのに」
頭を撫でながら先輩とデートするのか、って、セリフと行動が不一致過ぎて。何より、いつまでも私の頭を撫でてるこの手の意味が分からない。




