第78話
「またそれ? 凪砂くん、本ッ当に夕飯作りしないの? いい加減凪砂くんがうちにいるのには飽き飽きなのよ」
何かを期待してた分──何かは分からないけどともかく──なんだかがっくりして、思わず適当に返してしまった。気分としては、好きな男の子に興奮ゆえ「大嫌い」と言ってしまったかのような。
はっと気づいたけれど、凪砂くんは無言。
「あ、別に、凪砂くんのことがき、嫌いなわけじゃ…」
「──お前、新也先輩のこと、何で好きなの?」
いつかも聞かれた質問。文脈もなく出てきたそのセリフに、さっきの(恐らく)失言のせいで誤魔化す気は起きなかった。
「な、なんでって…優しいし…、」
「優しい奴ならいくらでもいるじゃん」
「…それはそうだけどさ…」
もごもごと口ごもる。凪砂くんはじっと私の横顔を見つめた。
「ずっと優しくされてりゃ、好きになんの?」
「…だからそういうのじゃなくて…」
「新也先輩の特別ってなに?」
久重先輩の特別…久重先輩に、特別だったこと。
「…優しいところ」
「なに、それ。お前、馬鹿なの?」
同じこと繰り返しやがってオウムかよ、と凪砂くんは不機嫌そうな馬鹿にしたような笑いを零した。そして、私のスマホが振動してひっしーの連絡先が送られてくる。「ありがと」と口にした後で、溜息をついた。
私が久重先輩を好きな理由は、優しいから。その理由は、きっと馬鹿じゃない。優しい人が好きだとか、そういうのじゃなくて。
「…去年の夏前なんだけど、」
「うん?」
「…誘拐っていうか、監禁っていうか…そんなことされたのよ」
「は?」
凪砂くんが珍しい声を発した。当然のことながら予想できてないというか、想定外というか、私の口からそんな言葉が出てくるとは思ってなかったみたいで。でも当然よね、とちょっと苦笑した。
「もう去年の話だから、そんなに気にしてないんだけどね。高校生だったなぁ、ヤンキーの男子高校生たちにちょっと変な絡まれ方されちゃって」
そう、まだ大学生になって間もない頃。まだ実家から通ってた頃で、大学と実家の間の駅にあるファミレスでバイトしてた。そのバイトに行く途中だった。




