第75話
家に帰ってぼーっとしていると、不意に電話が鳴った。誰からだろう、と手に取って──その名前を見た瞬間、心臓が跳ね上がる。
桐生凪砂…どうして、ブロックを解除したその日に、連絡が。しかも、電話で。
びくびくと震える手で画面に触れて、電話を取る。
「……も、もし、もし…」
≪お前、いまどこ?≫
「え?」
≪どこ? 家? 外?≫
「い、家…」
≪5分で出てこい。いつものところで飲んでる≫
“いつものところ” ──凪砂くんと関係を持ってしまう前、いつも飲みに行ってたBAR。それなら家から徒歩2分くらいの距離だけど。家にいるってことを確認したということは、それを分かって言ったのだろうけれど。
「な、なんで凪砂くんが飲んでるとこに私が?」
≪何を今更。最近お前の家に入り浸ってただけで、飲みには行ってたろ≫
「それはそうだけど…でも5分は無理!」
≪無理じゃない。早く来い≫
ぶちっと電話は切れた。一方的に用件と命令を押し付けられて終わった会話に、会話を始める前とは別の意味で手が震えはじめる。
「なんっでアイツはあんなに偉そうなのよ!」
ボフッと、投げたスマホがソファに着地した。帰ったばかりだから、すぐに出ればいいだけだけど。窓の外を見れば、雨も丁度止んでるけど。夕飯もまだ食べてないけど!
大学に持って行くカバンから財布とコスメポーチだけバッグに移し替える。偉そうな口調を思い出すとイライラしてきた。気まずいって思ってたの、私だけだったの?
ソファからスマホを拾い上げてバッグに入れて、鏡の前で軽く髪を整えて、言われた通りすぐに家を出た。だというのに、BARについて、カウンターにいる凪砂くんの隣に座ると、気だるげな瞳に怒りをぶつけられた。
「遅い」
「7分じゃん! 女子に対して5分で準備して出てこいって言う方がおかしいでしょ!」
「お前、何で俺のLIMEブロックしてんの?」
そして、何かを経由することはなく、本題。ううん、実際に呼び出された理由なのかは分からないけれど…単刀直入すぎるその話題に、私は視線を彷徨わせるしかない。
「…特に深い意味は、」
「特に深い意味もなく俺との連絡を絶ち切るその意味が分からん」
こんがらがりそうなセリフに顔をしかめる。けれど、凪砂くんの眉間のほうがしっかりと苛立ちによる皺が寄ったままだった。
「理由は?」
「…だから、特にないってば」
「…ふぅん。で、俺をガン無視してた1ヵ月間、新也先輩と進展あった?」
…何でそれを凪砂くんに話さないといけないのよ。




