第74話
と、悶々としている私の隣で來未ちゃんが口を開く気配がした。
「久重先輩の話、桐生くんが関係ある?」
「……來未ちゃんってやなとこ鋭いよね…」
ほんの一言だけいつも口を挟んでくる來未ちゃん。寡黙なぶん、彼女は周りの情報を最大限自分の中に落として咀嚼しているんだと思う。頬をひきつらせた私に、來未ちゃんは大したことじゃないとでも言いたげに小首を傾げた。
「だって、久重先輩とデートしたのと、桐生くんとミツが喧嘩したのって同じくらいじゃない?」
「え、そうなの? よく気付いたねー…」
「なんとなく、だけど」
本当、よく気付くなぁと舌を巻く。確かに、日付を思い出しながら私と桐生くんの様子を見ていたら、分かるのかもしれないけど。
「まぁ…実は…桐生くんが関係あります…」
「そうなんだ! なに、三角関係?」
「だったらまだマシなのよねー…」
楽しいスキャンダルを見つけたとばかりに意気込むりっちゃんとは裏腹に、思わず遠い目をしてしまう。
「ねぇ、ミツって、久重先輩のこと、好きだよね」
「え? えっと、そう、だけど、なんで?」
まさか私が凪砂くんを好きだと──思われているのかと、少し驚いて声が裏返る。來未ちゃんは私の反応に何か言いたげだったけれど、開いた口を閉じ、もう一度開いた。おそらく当初の予定通りの言葉を続けるのだと思う。
「栄美ちゃん、気を付けた方がいいと思う」
「え?」
「は? なんで?」
私もりっちゃんも面食らった。
「確かに超美少女だけど…久重先輩が乗り換えるかもってこと?」
「乗り換えるってりっちゃん…私、久重先輩と付き合ってるわけじゃないし…」
「多分、栄美ちゃんは頭が回る子だと思う」
何を言われてるのか分からず、私とりっちゃんは首を傾げる。
「褒められても嫌味なく綺麗に流して、挨拶があんなにしっかりできて、初対面の先輩をたてることもできて…そんなに“できた”子が、ミツと久重先輩が付き合ってるんじゃないかって口にするのは変だと思う」
…そう、かな? それは深読みなのでは…と私とりっちゃんは顔を見合わせる。
「会話の流れから特に不自然ではなかったけど、栄美ちゃんの言動の中で浮いてた一言だと思う。多分、牽制」
ゴクリと唾を飲んだ。來未ちゃんの分析が、怖い。
「ほ、本気で言ってる?」
「憶測だけど、本気だよ」
來未ちゃんは表情も薄いから余計に怖い。りっちゃんは「普通にいい子だと思うけどなー」と首を捻っている。
「ミツ、女の子は恐いよ」
「えっ」
「ミツ、騙されやすそうだから気を付けてね」
騙されやすそう…。
「久重先輩のことが好きなら、の話だけど」
來未ちゃんには見透かされているようで、再び私の頬はひきつった。どう、しよう。
「新歓はお酒も出るし、栄美ちゃんがどんな子か、そのときまた考えられるかも」
ブラック來未ちゃん。りっちゃんと私はわざとらしく怯えるリアクションを取って、來未ちゃんは笑ってたけど、私は内心別の意味で怯えていた。
私、凪砂くんのこと好きだったら、どうしよう。




