第7話
うずうずしている私に、桐生くんは少し口を閉じる。そして徐に目を逸らした。
「肩組んで運んでやった」
「…はい」
「次、ベッドで『ぎゅー』って言いだした」
「……………………はい?」
私が目を点にした。“ぎゅー”って何? 何語? もしかして日本語? ぎゅっとして、って意味の日本語??
自分でも冷や汗をかいているのが分かった。この先を聞きたいけど聞きたくない。
でもどうやらそれを決めるのは桐生くんらしく、(せめてもの情けなのか)目を逸らしたまま続けた。
「それって、そういう意味だよな? だからそうしたら──『凪砂くん好き、ぎゅー』って言われたから」
顔面、蒼白。
「…大学2年。2人しかいない部屋。ベッドの上」
「ええええええ! 嘘! 嘘!? 私何言って…いやでもだからってそんなことでするの!? 嘘!!」
動揺する私と、気まずそうに目を逸らす桐生くん。冷静になって私、そうだ、どうやら今の話を聞いたところ私は桐生くんに二度目の告白をしてしまったのだ、この弁解をするのが先!
「あ、あの! 先に言っておくけど、私、凪砂くんのこと好きじゃないから! あっ違う好きだけどそれは友達としての好きだから! 高校生になってから凪砂くんのことはちゃんと友達だったって割り切ったから! だから1年の学部飲みで会った時にはびっくりしたけど、それはもうなんていうか思わぬ再開に驚いただけで恋愛的なドキッはなかったから!!」
「…確かに今までの様子見てて、お前が俺のことを恋愛的に好きなんだって思ったことはない」
「でしょ!? だからお願い、誰にも言わないで、このまま友達で──」
動揺に任せてまくしたて、ソファから降りて桐生くんに土下座しようと正座して、言いかけて──はたと止まる。
桐生くんも気付いたらしく、ぴくりと身じろぎした。
…言えない。この続きの言葉は、言えない。桐生くんも気付いてるから、今更誤魔化せないけど、何事もなかったように頭を下げて言い直す。
「だっ、だから、昨日は大変ご迷惑をおかけしましたけれどもっ、昨日のことは忘れて、ください…!」
「俺も初めてだったのに?」
「知らないわよそんなこと!!」
知ったこっちゃない。そんなこと言ったら私だって立場は同じだ。
大体、桐生くんは中学生の頃とはすっかり変わった。あの頃は可愛い顔してたのに、今ではそれが少し甘い顔に様変わりしている。声変わりして、あの頃は甲高かった声も普通に男の子の声になっている。
だから、気付かなかったんだ。夏休みが明けるまで学部内の繋がりなくて、学部飲み会で会うまで、同じ大学の、しかも同じ学部にいるなんて思いもしなかったし、本当に気付かなかった。
桐生くんは中学の時と変わらずサッカー部に入ってる。部活は忙しい。私はサークルに入ってるだけだ。だから余計に接点もなかった。
あのまま、接点もなく、桐生くんが同じ大学にいるなんて、気付きたくなかった。
「んな必死になるなよ」
「必死だよ!! だって私がっ…」
だって、私が桐生くんを好きだったことも、そして私が桐生くんに告白したことも、お互いに、頼んで、封印したんだ。
「いまっ、久重先輩が好きだって、知ってるでしょ…!」