第65話
勉強会のために借りている講義室に向かうと、中に見えるのは先輩達と同級生たちばかりだった。各自質問するなり雑談するなりでざわついてはいるけれど。まだ新入生いないじゃん、とりっちゃんが呟く。
「こんにちはー」
「こんにちはー。新入生、全然いないよー」
丁度手が空いてる宏林先輩が困ったように肩を竦める。その隣に久重先輩が座っておにぎりを食べていた。
りっちゃんに挨拶を返しついでに話し始めた宏林先輩を避けるのは、どう考えても不自然で。來未ちゃんとりっちゃんと一緒に、久重先輩の前にも来てしまった。
「こんにちはー、久重先輩」
「おう。なぁ聞いて、ヒロのやつ、新入生来やんの、俺のせいとか言うねんで」
久重先輩は拗ねたように、おにぎりを貪りながら頬杖をつく。宏林先輩は「机じゃなくて椅子に座りなさいよ」とか言いながら、私を見た。
「でもねぇ、いくら顔だけ良くても愛想のふりまき方知らないんじゃ駄目だと思わない? 普段深里ちゃんに絡むみたいな笑顔、ぜーんぜん見せなかったんだから」
「そっ…、そうなん、ですね! 先輩も緊張してた、とか…!」
まさかそんな風に話を振られるとは思ってなくて、思わずどもった。りっちゃんと來未ちゃんは「久重先輩と話すの水族館以来なのね」と言わんばかりの目で私を見るし、久重先輩も察してはいるらしく怪訝な顔はしなかった。
「久重くんが緊張なんてするわけないじゃない…新入生が来ないうちに2回生の勉強見ようかって話してたんだけど、3人共質問があれば久重くんとか、伊勢くんも暇そうだから、伊勢くんに」
宏林先輩が指差す先で漫画を読んでる伊勢先輩。慌てて漫画をカバンの中に入れて誤魔化している。
「あ、ちょい待って、俺自信ないから…今回は質問する側になりたいなー、なんて…」
「馬鹿言ってないで、ほら、深里ちゃん、質問とかしてあげて」
ぽん、と宏林先輩に肩を叩かれた。よかった、久重先輩をあてがわれなくて。
「伊勢先輩、質問していいですか?」
「えー…なに、何が分かんないの?」
一瞬、チラッと久重先輩に見られた気がした。けれど、気付いてないフリをしてりっちゃんと來未ちゃんの後ろを通って、伊勢先輩のところに行く。久重先輩の前を、スルーしてしまった。




