第64話
「だから結構、飲み会の度とかに桐生くんを質問攻めにしてるみたい」
「な、なにそれ…」
全然知らなかった。唖然としていると、りっちゃんが首を捻る。
「でも久重先輩、そういうの何も言ってなくない? 先輩もサッカー部なのに」
「あ、2年生だけで飲みに行くときに話すんだって。それでもって桐生くんは何もないの一点張りだから、その友達に聞いといて、って言われて。冗談っぽかったけど」
表情が歪んでる私に気付いたのか、來未ちゃんは最後の一言を慌てて付け加えた。來未ちゃんの表情は普段と特に変わらない、穏やかな感じだけど、こんなに饒舌なのは珍しい。
りっちゃんと3人でいても、大体りっちゃんが喋ってて、私が相槌打って、來未ちゃんが時折何かをボソリと呟くのが常だというのに。絶対、面白がってるとしか思えない。
でも──凪砂くん、「何もない」の一点張りなんだ。安堵の入り混じった奇妙な感情が渦巻く。そこまで口固く私との関係を、中学の同級生だという事実すら、伏せてくれているありがたさ。同時に、今はもう本当になんとも思ってないからそう言えるんだという──残念さ。
「実際どうなの? 何もないの?」
何もない──。そう言うのが、凪砂くんが見せている誠意もしくは本心に、沿う。
「…何もないよ」
釈然としない表情を浮かべるりっちゃんと來未ちゃん。けれど、何も言えない。
何かあったと言えば、中学でフラれたこと、実は両想いだったこと、そして、最近までの奇妙な間柄、すべてを告白することになる。それはできない。
できない理由が、久重先輩を好きだからなのか、凪砂くんを好きだからなのかは、分からない。
「茶樹くんが言ってたの。最近、桐生くんとミツが一緒にいるの見かけないから、桐生くんフラれたのかな、って」
「…そういうのもないよ」
そっか、話題変わったと思ってたけど、そういうことね。苦笑して首を振りながら、漸く來未ちゃんの思考に追いついた。
そこで、「フラれたのは私だよ」とは言えなかった。




