第61話
カラン、とお皿の上に置かれたスプーンが音を立てた。凪砂くんは立ち上がり、ソファの傍に置いてあるカバンを手に持って立ち上がる。
「ごちそーさまでした」
じっと私を見下ろしてる気配がする。けれど、顔を見るともっと泣きたくなりそうだったから、見なかった。
「…今日も美味かったよ」
普段なら、その言葉が、嬉しかったのに。
いま、凪砂くんと付き合えてたら、その言葉が嬉しいのに。そんなことを考えてる自分が、嫌だ。
「…本当だから」
「…なにが、」
「俺、中学のとき、お前のこと好きだったから」
だったら、どうしてあんな台詞を付け加えたの。
「もういい加減にして、」
「本当。だけど、お前の告白にムカついたから、嘘ついた」
そんなことを、今更言われても。
「だから、あの時、あんな言い方したのは後悔してる。ごめん」
ぽんっ、と。軽く、その手が、頭を撫でていった。
「じゃーな」
じっと、ソファの上で俯いて動かない私に構わず、出て行った音がした。ぱたんと閉まったリビングの扉に次いで、外の雨音がした。
あの時の告白の返事が嘘だったんなら。だったら、今は?
そう、聞きたかったけど。そんな勇気なかった。
パタン、と音がして、雨音が聞こえなくなった。凪砂くんが、出て行った。
「…凪砂くん…」
知りたくなかった。
確かに、間違いなく、久重先輩が、好きだったのに。
凪砂くんが無遠慮に掘り返した過去の感情は、深くに沈んでいただけで、欠片も色褪せてなかったんだ。
『凪砂くん、ずっと、好きでした』
あの時の告白を忘れたことなんてない。意を決したものの恥ずかしくて、上着のボタンを掴んで、留めたり外したりを繰り返して、凪砂くんに『なんだよ』って笑われて。そして、漸く言えた、あの言葉。
そして、続けた、セリフは。
『だから、フッてください』
あの時の告白を、間違えていなければ。
『心配しなくても、俺はお前をそういうふうに見たことないから。言われなくても、フるし』
あの時、好きだという感情だけを、素直に伝えておけば、こんなことにはならなかったのだろうか。




