第58話
「で、お前は? 先輩とデート」
「…別に、普通に水族館行って…、ご飯ごちそうしてもらっただけだし」
ごちそうしてもらう代わりに凪砂くんとの関係を聞かれた、とは言わないでおいた。
「ふぅん。で、告白でもされたの?」
「…されてないけど」
「けど?」
「……限りなく、それに近いんじゃないかと、思ってます」
「ふぅん」
どうでもよさそうに相槌を打たれた。食いつかないなら聞かないでよ。
「…ねぇ、私が先輩と付き合ったら、この関係、終わるの?」
「それは付き合ってから言えよ。付き合える見込み、あんの?」
──見込みは、ある。凪砂くんさえ、いなければ。
「……あの、さ」
「なに」
「……見られてたの」
「なにが」
「…昨日の夜、凪砂くんがうちに入るの」
ぴたっと、凪砂くんの手が止まった。けど、それは一瞬で、すぐに中華スープに手が伸びる。
「…それで?」
「…りっちゃん達が、私は飲み会に行くんだって久重先輩に言ったから…変に思われて、でも結局、宅飲みだったんだってことになったんだけど…」
緊張して、声が少し震えた。
「だから…久重先輩が…」
「俺とお前が付き合ってるんじゃないかって?」
抑揚のない声に、余計に緊張した。ごくっと生唾を飲み込む。
「…そう、」
「じゃあ、付き合う?」
目すら見ずに言われた、欠片ほども心がこもらないその一言。嫌な気持ちになった心が、もやっと曇る。
「…なんで冗談でもそんなこと言うのよ」
「本気だったらいいわけ」
「…そりゃ、本気だったら、ちゃんと断るし」
「じゃあ本気だからちゃんと断れよ」
「全然本気じゃないでしょ。冗談やめてよもう…」
はぁ、と溜息をつく。すると、凪砂くんの身体が私を向いた。
「お前、俺にいま告白されたら断るんだ?」
「え?」
「ってことだろ?」
「そ、そりゃ、まぁ…」
いまは先輩が好きだし、としどろもどろ、答えた。
あれ? なんで今更こんなこと聞いてくるの? そんなことを思って、はたと思考が止まる。これじゃ、まるで凪砂くんが私を好きみたいじゃん──。
「先輩が好きなら、なにがなんでも俺を追い出した方がいいと思うけど?」
無表情で言われると、妙に迫力があった。さっき桃花ちゃんの話をしたときの表情が異常に怖かったこともあって、思わず息を呑む。
「…そう、かも…しれないけど、だって、どうしたら出て行ってくれるのか…」
「じゃあ、キスしてくれたら出て行く。二度と来ない」
…は?
「え?」
聞き間違いかと思って、聞き返した。すると、凪砂くんはゆっくり繰り返す。
「キス、してくれたら。二度と晩飯たかりに来ない」




