第56話
「そう言えば、今日、ひっしーに会った」
「え? うそ、ひっしー残ってるの?」
驚いて振り向くと、凪砂くんは食器をテーブルに置いてフライパンに卵を引いていた。かれこれ何度夕飯を作ってあげたか分からないけど、手伝ってくれるのは今日が初めて。
「いや、東京だけど。アイツ浪人してて、結局東京の私立になったんだとさ。日曜が法事だから金曜帰って来て、今日の昼間は暇で俺と会ってた」
「何で教えてくれなかったの…私も中学以来全然会ってないのに」
頬を膨らませて見せる。チラッと凪砂くんは私を見たけど、すぐにフライパンに視線を戻した。
「あんだけ仲良かったのに、連絡取ってなかったのかよ」
「中学の友達で今でも連絡取ってる人はいないかな…桃花ちゃんですら、高校入ってすぐは結構話してたけど、クラス違うからそのうち話さなくなっちゃったし」
「ふぅん」
「…っていうか、凪砂くんはひっしーと連絡取ってたの? 桃花ちゃんとはずっと連絡取ってるだろうけど」
「ひっしーとは連絡取ってた。桃花は知らん」
「はぁ?」
頓狂な声を出した私に構わず、凪砂くんはケチャップライスの上に卵をのせる。
「なんで? だって桃花ちゃんと凪砂くん、」
そこでなんと言うべきか迷って、ちょっと詰まった。
凪砂くんと桃花ちゃんは幼馴染で、いわば公認のカップルみたいなもんだった。女子と話さない凪砂くんが桃花ちゃんだけは名前で呼び捨てた。桃花ちゃんは可愛くてモテモテだったのに、誰とも付き合わなくていつも凪砂くんと一緒にいた。周りがいつ付き合うんだろうってずっと言ってた。
だから、私はずっと桃花ちゃんが羨ましかった。
「言っとくけど。アイツとは元・幼馴染以上の関係、ない」
そんなことを思い出してたとき──ガシャン、と乱暴に置かれたフライパンが大きな音を立てた。びくっと震えるけど、凪砂くんの表情は見えない。
「周りがぎゃあぎゃあ騒ぎ立てて、マジで迷惑だった。俺の前で桃花の話すんな」
「そんなこと言わなくても…」
「ふざけんなよアイツ。何が『そろそろ付き合おう?』だ。そろそろもクソもねぇよ」
2人分目も出来上がったらしい凪砂くんはオムライスの乗ったお皿を両手に私を振り向いた。その顔は今まで見たことがないくらい苛立ちに歪んでる。
…2人に、何があったんだろう。連絡もとってなかったってことは、中学を卒業するときに何かあったってことかな。




