第54話
下宿の最寄り駅まで戻ってきて、改札を出たところで「ありがとうございました」と頭を下げた。別に何もしてへん、と久重先輩が笑って応える。
「じゃ、また勉強会でな」
「はい! 来月末は試験なので、そろそろ過去問解きます」
「うわー、もうそんな時期か。イヤやなぁ」
「あれ? 新也とミツ?」
「え。」と、名前を呼ばれた私と久重先輩は声がしたほうを見た。すると、改札を出たところにある本屋の袋を持った伊勢先輩が立ってた。
なんだか、やばいところを見られた、気がする。
にやーっと、感情表現豊かなその顔が満面の笑みに変わった。いいもの見た、とでも言うように。
「なに、なに。2人で出かけてた?」
「ミツ、帰ろか」
「あーもうごめんって。誰にも言わないから教えて?」
ねっ、と小首を傾げてちょっと可愛く言う伊勢先輩。でも久重先輩の顔は「可愛くないねんお前」とひきつっている。
しかし、久重先輩が何かを答える前に、その目が久重先輩の手にある袋を見つけた。
「あ──あっちの水族館行ってきたのか! いーなー、俺も行きたかったのに」
「お前と行ってどうすんねん」
「じゃーお前はなんでミツと行ってんの?」
久重先輩がぐっと押し黙る。これは…私は、いないほうがいいのかもしれない。
「あの…では私はこれで…」
「ミツ、こいつとのデートどうだった? こう見えて高2でフラれて以来彼女いないからさぁコイツ、絶対リードも上手くできないだろ」
「お前余計なこと言うなや。しかもデートちゃうわ」
「そんなこと言って~。まぁミツはそのつもりないのかもしれないけど。あぁ、ごめんミツ、引き留めて。また勉強会でな」
「あ、はい。失礼します」
「ごめんなミツ、伊勢がうるさくて。ありがとうな」
ここで逃げておかないと帰るタイミングがなくなるかも、と思って、慌てて頭を下げて、傘を差して下宿に向かう。雨のお陰で先輩方が何を騒いでいるのかまでは聞こえないで済んだ。歩きながらふぅ、と溜息をつく。
あ、そうだ。夕飯の買い物して帰らないと…。
──凪砂くん。
伊勢先輩にあそこで会って良かったかも、と思った。まだ夕方だけど…ここから、もし夕飯でも一緒にとかなれば、断らざるを得ない。そして、その理由は凪砂くんで。
バケツを引っ繰り返したような雨の中、立ち止まる。
「…どうしてこんなことするのよ」
凪砂くんと会うのが、ここまで憂鬱になったことなんて、ない。




