第53話
ショーが終わった後は、奇妙にギクシャクとした空気をお互い誤魔化そうとするように喋りながら水族館を出た。出口付近にあるお土産店で、久重先輩はお皿を買ってた。女子力高いですね、と言うと、うっさいわ、と笑ってくれて、漸く少し空気が優しくなった。
外は、酷い雨だった。電車の中大変そうやわ、と久重先輩が呟いた。
「さすがにここまで酷いと雨女やろ」
「違いますよ、梅雨なんですよ!」
駅まで歩くのに膝下半分くらいびしょ濡れになってしまって、他愛ない話をしながら、また来た時と同じだけ時間をかけて帰る。
はずなのに、奇妙に、長く感じた。お皿を買った時に空気が優しくなったと感じたのは、勘違いだったみたい。早く帰りたいと、焦燥感のようなものに駆られてた。
「この間りっちゃんが」「伊勢先輩が勉強会で担当だったとき」「民法の試験範囲は」と、久重先輩とこんなに一生懸命話題を探して喋ったのは、久しぶりだった。
その話題も、だんだん底をついてきたころ。
「ミツと電車乗ってると、去年の夏思い出すわ」
久重先輩が、ふと呟いた。
「…今はもう、怖くない?」
見上げた久重先輩は、優しく笑った。
やっぱり、好き。久重先輩が、好き。
「…はい。全然」
「そう。ならよかったわ」
告白しては、駄目だろうか。
だって、多分自惚れじゃない。りっちゃんと來未ちゃんも「多分イケる」って言う。凪砂くんの話をすると少し嫌な顔をするところか、あんまりズケズケ話を聞こうとしない久重先輩が、私と凪砂くんについては根掘り葉掘り聞いてくる。それがイヤだというよりも、意識されてるんじゃないかって能天気な部分が反応する。
それなのに。凪砂くんが邪魔をする。
「…あの頃は、本当に、ありがとうございました」
「いーって。週に2,3回やしな」
「それ結構だと思いますよ」
「1週間は7日やん。半分もいってへん」
「でも平日は5日ですよ」
「そんな生意気言うたらあかん」
いつものように頭に手を伸ばされて、ぐしゃっと撫でられるのかと思った。けど、笑って伸ばされた手は中途半端に止まった。
「…ミツ、今日、髪型ちゃうよな。撫でたらあかんやつか」
「そうですね、崩れちゃいます」
手が止まった理由が変なことじゃなくて良かった、と内心ほっとしながらも、表面ではくすっと笑って見せた。
「女の子って髪型ひとつでも変わるもんやんなー。頭撫でられへんわ」
「普段もくしゃくしゃにされてますからね?」
「ミツの髪気持ちいいから、つい」
冗談交じりに言われて、反応に困ってごまかし笑いをする。
好きだと言えたら、いいのに。




