第52話
なんで、そんな聞き方するんですか。
私のことが好きなんですか。先輩にとって、ただのお気に入り以上なんですか。好きだと言ったら、付き合ってくれるんですか。
凪砂くんとの関係さえなければ、そう、言いたかったのに。
「…はい、そう、です…すいません、なんか、変な言い方して…」
嘘を、またついた。
今日、何度、久重先輩に嘘をついてしまったのだろう。
「昨日の夜、それでわけわからんくて、皿割ってん」
「…すいません」
「別に謝るとこちゃう、むしろ俺が勝手に──…」
久重先輩は口角を切った。勝手に、なんだろう。
でも、これって、期待していいのかな。
「…ミツ」
「…はい?」
告白、されるのかな。
再び心臓が別ベクトルに鼓動し始める。
「…ミツと凪砂って、中学んとき何かあったん?」
──でも、久重先輩の口から出たのは、期待とは全然違うセリフで。
あぁでも、いま告白されても、凪砂くんがいるから、素直にうなずけなかったかも、とか、思ったり。付き合ってもない人と“あんなことになる女”とか、思われたくないし。
そんなことを考えてたら、久重先輩が「いや」と撤回した。
「俺、1個だけ言ったから。やめとくわ」
ほっと、胸をなで下ろす。これ以上嘘をつきたくなかったから。
「それに、部外者の俺に関係ないことやんな。興味本位で色々聞いてごめんな」
けれど、そんなフォローの仕方はしてほしくなかった。
でも、そんなこと、言えないし。
「いえ、別に、大丈夫ですよ」
笑って誤魔化したけど、哀しかった。
デートは、凪砂くんの話があったから、久重先輩に誘ってもらえたのかもしれない。それなのに、凪砂くんの話をしたせいで、台無し。
何が悪かったんだろう。頻繁に凪砂くんの話題を出してしまった、私、かな。そうだろうな。
ショーが始まっていたことにも気づかずそんなやり取りをしてたみたいで、視線を移すともうイルカが水槽を泳いでた。その背びれを目で追いながら、ここが映画館だったらよかったのにと、思った。
映画館だったら、見ている間にわざわざ歓声を上げなくて済むのに。わざわざタイムリーに感想を共有しなくて済むのに。相手の表情も自分の表情も見ないで済むのに。
意識してリアクションを取ってみるけど、無駄だった。多分、私も久重先輩も、頭の中にあるのは凪砂くんだった。
もっと、早く。凪砂くんと事故が起こる前に、久重先輩とデートしていたら。そしたら、久重先輩と付き合えただろうか。
いま、きっと、両想いなのに。それを確信させてくれた事実が、この距離を縮めてくれない。
嬉しいのか哀しいのか、分からなかった。




