第51話
ショーの場所に着いてから、久重先輩が、ずっと手を掴んでることに気づいて慌てた様子で放した。
「ごめん、遅れる思って」
足元悪いから気を付けてな、と付け加えられる。
「あ、大丈夫です」
でも──そんなこと、忘れてた。いま久重先輩に掴まれてた手首に意識が行ったのは確かだったし、その意識が久重先輩を好きだから生じたものなんだと、分かってた。
けど、その先は、凪砂くんだった。
「邪魔なのよ…」
空いてる席を探して少し離れた久重先輩には聞こえないように、呟いた。邪魔なのよ、凪砂くん。
お願いだから、これ以上かき乱さないで。もう二度と好きにさせないで。
「ミツ、こっち」
手招きされて、愛想笑いを浮かべて駆け寄る。久重先輩の声が聞き取りにくいほど、雨が酷く降っていた。
なんで、今日は雨なんだろう。私の頭を占めてほしいのは、凪砂くんじゃない。それなのに、久重先輩は、その声すら、届きにくいなんて。なんて皮肉かな、って、想像して、嗤ってしまう。
「ギリギリやからこんなとこしか空いてへん」
「大丈夫ですよ、ちゃんと見えますし」
座って、バッグを膝の上において、少し背筋を伸ばす。多分アザラシとかが出てきてパフォーマンスをしてくれる様子は綺麗に見えそう。ていうか、多分高いジャンプしてくれるし。
スマホを見ると、ショーが始まるまであと5分もなかった。凪砂くんからの連絡は何もないから、諦めたんだろう。ふぅ、と一安心の溜息をついたとき、久重先輩が口を開く気配がした。
「ミツ、さっきはごめん」
その口からこぼれた言葉に、そんなに謝らなくても、と返事をしようとして、
「実は、見てん。昨日の夜、凪砂がミツん家行くの」
そのセリフに、体が凍り付いた。
「…え…?」
声が、出ない。奇妙に掠れた高い声が出た。
「ミツは凪砂企画の飲み会行く言ってたけど…雨は筋トレって決まってんのに、その日に飲み会あるって変やなとは思ってて。しかも帰り、凪砂と一緒になってな。そんな素振りなくて」
凪砂くん、そんなこと、言ってなかったのに。久重先輩からの連絡を心待ちにしてる私に、久重先輩と一緒に帰ったなんて、一言も。
「下宿の方向帰らんから、何かあるん?って聞いたら…用事あるとは言ってんけど、飲み会前に、雨の日に筋トレして、シャワーも浴びんとか、変やんな」
何も言い訳が思いつかなかった。そこまで推測されたら、うちでシャワーを浴びたってことも、バレてしまう。
「…別れた後、どうしても気になって。…ミツん部屋入るの、見て。わけわからんくて、あんなに聞いて、ごめんな」
でも──最初に、先輩は、私に聞いた。昨日の飲み会どうだった、って。
「でも、よく考えたら、昨日の飲み会の話、ミツ、普通に嘘ついてる感じなかったし。合コンも違う言うてたし。宅飲みやった、だけやんな?」
苦笑いした久重先輩に、胸が痛くなった。




