第5話
そもそもことの発端は1年10月に遡る。
『──あれ』
中途半端な時期ながら初めての学部飲み会が開かれた時、60人近く参加者がいたにもかかわらず、私の隣に座ったのは桐生くんだった。
勿論当初は気付かず、発された声を頼りに隣を見た。でもその時の私にとっては知らない人だった。
『…えーと…どちら様…』
『…へぇ。覚えてないのか』
『え? …同じクラス?』
クラスは名目上しかわかれてなくて、クラス会もしたことがない。ただ一度だけクラス別に教室が分かれたことがあるから、その時に顔見たことがあるのかなーと思った。
相手はとんでもなくひきつった顔を向け、口を開きかけたところで、幹事から声がかかった。
『では、みなさん飲み物は揃いましたかー?』
だから慌ててウーロン茶を探してグラスに注ぎ、相手に尋ねた。
『あなたは? ビールとお茶どっち?』
『…。ビール』
不機嫌そうな一拍。でも乾杯に間に合わないのはまずいから、無視した。
『ではみなさん、第一回学部飲み会にご参加ありがとうございます──』
かんぱーい、と声がかかり、一方的に認識されている相手と乾杯した。改めて話そうかと思ったけど、隣の女の子が話しかけてきたし、相手も別の人から話しかけられたから、そのままになった。
2時間の学部飲み会は結局、その人と話すことなく終了し、お店の外で今仲良しの來未ちゃんと少女漫画の話で盛り上がってた。
『おい』
だから最初の人のことは忘れてて、肩を掴まれ振り向き顔を見て、漸く放ってたことを思い出す。
『あ、最初の…』
『お前、マジか』
『はい?』
一体何の話かと眉を顰め、來未ちゃんも別の所に話しに行ったから助け舟もないし…、と思っていたのだけれど。
短髪で黒寄りの茶色、一重の目でへの字に曲がった口、日焼けして黒い肌。背が高くて、見上げる。一体、誰。
『…しらばっくれてんの』
『だからその…どちら様?』
『…相変わらず失礼だな、光宗深里』
…は?
何で私のフルネームを、と更に眉間に皺を寄せる。
『なんで私の名前…』
『愛想のひとつもねぇし。まぁ、痩せたけどな、光宗深里』
フルネームを繰り返す。名字を呼び捨てするでもなく、名前を呼ぶでもなく。
そのとき、ずっと私をフルネームで呼んでいた人物が脳裏に浮かび、不機嫌そうな口が記憶と重なった。
──少しは男に媚びることを覚えろよ、光宗深里。
『ま、まさか…凪砂くん…』
ひくひくしながら指差した私に、彼は不機嫌そうに──でも仲良い人が見れば分かる、少し照れた様子で──返事をした。
『おう。久しぶり』
私は、絶叫した。凪砂くんは、口元に手を当てて肩を震わせていた。