第45話
慌てて愛想笑いを浮かべてみるけど、久重先輩は苦笑い。どうしよう、どうしよう──。
「ひ、久重先輩は! その、先輩達でここ来たりとかないんですか!?」
「ん? あぁ、ないなぁ…温泉は春行ってんけどな」
「あ、お土産頂いたあれですか?」
「そうそう。あれは伊勢と2人やったけど」
思い出すように久重先輩は自由なほうの片手を顎に当てて見せた。伊勢先輩と久重先輩は仲が良い。
「伊勢がなぁ、アイツじじくさいよなぁ。どこ行きたい言うたら温泉って即答や」
「伊勢先輩…でも確かに、サッカーしてる久重先輩と比べたら若々しさはないですよね」
「あ、それ伊勢に言ったろ」
「や、やめてくださいよ!」
にやっと久重先輩が笑ったところで、窓口で入場券を買う。久重先輩がお金を出そうとしたから、慌てて自分の分を窓口前に置いた。
「別にええのに。誘ったの俺やし」
「いえっ、みんなならまだしも私だけってわけには!」
「逆にミツだけやからええけどなー。人数おったらキツイけど」
差し出されたチケットにはアザラシの写真が入ってた。久重先輩はペンギン。
「行こ、ミツ」
傘を閉じながら久重先輩が振り向いた。その構図に、ぴくっと、体が反応してしまった。
フラッシュバックするような、凪砂くんの、姿。
『お前傘ないんだろ? 一緒に帰ろーぜ、光宗深里』
中学の、ときに。傘を忘れた私に、にやっと、口角を吊り上げてそう言ってくれた、凪砂くん。傘を開きながら、さも当然のように言った。
『いいの?』
『なにが?』
『…その、ほら…』
『何が? もしかして相合傘程度で噂になるとでも思ってる?』
『そういうわけじゃ! ない、けど…だって凪砂くん、』
『そーゆー気の回し方、しないでいーんだよ。お前が傘ないから一緒に帰るってだけだろ』
「ミツ?」
久重先輩に名前を呼ばれて、慌てて凪砂くんの姿を頭から追い払った。来るときも同じことをしてしまった気がする。つい、凪砂くんのことを考えて、物理的に頭を振って追い払って。
「どうかしたん?」
「いえっ、なんでもないです!」
昨日の凪砂くんの行動のせいかもしれない。あのせいで、凪砂くんのことを意識し過ぎてる。そうだとしたら、久重先輩を好きな私を図太いと、嘲笑った凪砂くんの狙い通りになってる。
…凪砂くんの、狙いって、なんだろう。
久重先輩の隣に慌てて並びながら、口を開いて無理矢理伊勢先輩たちの話にした。凪砂くん以来、初めて好きになった人。凪砂くんの考えなんて、そんなのどうでもいい。いいから、今日は先輩と楽しく過ごしたい。
そう、思ってた。




