第43話
「…その、卒業する時に、大喧嘩しちゃって…あの頃、まだ私子供で…喧嘩別れになちゃったら、それからどうしたらいいか分からなくて、」
はは、と笑って誤魔化す。今日はなんだか、久重先輩についてる嘘が多い。
「だから、その…大学で再会したときは、ごめんなさいからでした」
「へー、そうなんや。青春やなぁ」
嘘ばっかり。何でこんなに、凪砂くんが絡むと嘘ばっかり言わなきゃいけなくなるんだろう。
それに、凪砂くんにフラれた中学生の頃を“青春”とまだ思えない。まだ、そう思うには、何かが足りない。
『お前、どこかで俺のこと忘れてねぇだろ』
──忘れられて、ないのかな。
吊革につかまってる久重先輩を盗み見る。雨でもボサボサになってない、ワックスできちんと整えられた髪。半袖で薄めのボーダーカラーが入ってる白いシャツも、チノパンも、清潔感が漂う。あぁ、この人が彼氏だったら、すごい完璧だな彼氏だな、なんて。
なんで私、久重先輩が好きなんだっけ。なんて、思い出すまでもないんだけど。
「ミツ? 俺変なこと言った?」
「え? あ、いえ…すいません、昨日寝たのが遅くて、ちょっとぼーっとしてて…」
ん、と久重先輩の唇が弧を描く。どきっとするほど綺麗なその笑顔。
少し頭を振って、凪砂くんのことを考えないようにした。せっかく、今日は久重先輩とデートなんだから。
水族館の最寄駅に着いても雨は小雨のまま降っていた。久重先輩と私、お互い長傘は邪魔だと思ったみたいで、2人で折り畳み傘を取り出して水族館まで歩いた。徒歩5分くらい。
雨は降ってるけど、さすが休日、家族連れと恋人同士でごった返してた。うわぁ、と久重先輩が顔をしかめる。
「凄い人やな…そっか、なんか特集しとったんか」
「結局なんの特集だったんでしょうね…行ってからのお楽しみですね!」
凪砂くんのことは、暫く頭から追い払おう。
と、その時、ポケットに入れてたスマホが振動して、ふ、と手に取る。
その画面に表示されてるのは、凪砂くん。
『桐生凪砂:楽しんでる? 念願…』
念願のデートは、とでもいうのだろうか。だったら連絡してこないでよ、と思うのだけど。
「あれ、凪砂?」
「えっ、あっ、はい、き、気にしないでください!」
隣から見えてしまったらしく、慌ててスマホをポケットに突っ込んだ。“念願”という単語が見えてないといいのだけど、別にええよ、と久重先輩は笑うだけだから、名前くらいしか見てなかったのかも。
「凪砂とミツ、仲良いんやし。アイツ他に仲良い女友達もおらんからなぁ、誰か紹介してあげて」
…紹介。凪砂くんに、女の子を、紹介。




