第38話
「俺、明日部活ないから来るって言ったよな?」
「…へ?」
何の話、と私の思考が止まった。桐生くんはなおも繰り返す。
「土曜日部活ないから来る、って。今週の頭に言ったよな?」
「あ…うん、そう、言ってた…けど、なに…?」
「俺の話が先だったな?」
「なにと、比べて…?」
「新也先輩とのデートの話より」
「あ…うん…」
「だったら俺を優先すべきだな? 人として」
二文目を強調されて、ぽかんとする。じゃあ桐生くん、デートをやめて夕飯を作れと言う、あなたは人としてどうなのよ。辛うじてそう考えることができたおかげで、涙が止まった。
「で、デートの日くらい…大目に見てくれても…」
「お前、まだ分かってないな?」
するっ、と桐生くんの手から両手の拘束をとかれた。ほっとしたのも束の間、降ってきた桐生くんに、心臓が飛び上がった。
「なっ…」
密着する体。友達同士でじゃれ合うときの感覚と違う、男子の身体と密着してるんだってことが、その平らな胸から伝わってくる。
熱いほどに感じる体温と、甘いシャンプーの香りと、軽くかかる桐生くんの息と。頬に触れる自分のものじゃない髪と、ついさっきまで拘束されてた腕に沿うように添えられた片手と、私を押しつぶさないよう体を支える腰の辺りの腕と。
何もかも、彼氏がいたことのない私にとっては、刺激が強すぎた。
どこから感じるのか分からない鼓動も、原因不明の身体の熱さも、見えない自分の表情も。全部、桐生くんに対して私が持ってる感情を、暴いてるのか、偽ってるのか、分からなかった。
「桐生くん!? 桐生くん!! ちょっと!!!」
「言ってるよな? 男女の力の差はとうの昔にはっきりしてる、って」
俺達中学生じゃないんだよ、と桐生くんの声が耳元で囁いた。体中を何かが駆け巡り、ぞぞぞっと震える。
「もうとっくに体は出来上がってる。もう俺達は、体で繋がれるわけ」
「やめて! やめてよ桐生くん!!」
いやだいやだいやだ。




