第37話
なに、その言い方。
「そんなこと言ってないじゃない!」
「じゃあなんだよ、余計なことって」
ごくっと、唾を飲み込んだ。桐生くんの予想は、あながち間違ってないけれど。
「…桐生くんが、私の初恋の人だってことよ」
「は。同じじゃねぇか、俺なんかを好きになったことが人生の汚点?」
「違う! 私はっ…私は、そんなこと思ったことない!」
知らず知らず、息が上がる。原因は、分からない。
「私が、いま、久重先輩を好きだから! 余計な話をされて、私は桐生くんが好きなんだって、久重先輩に勘違いされたくないから!」
「カンチガイ?」
妙な単語を聞いたとばかりに、桐生くんは口角を吊り上げた。その表情の変化に、ドクッと体が震える。
「お前、馬鹿か? 俺達、もう中学生じゃないんだぜ?」
「そんなの分かってる、」
「男女の力の差なんて、とっくの昔にはっきりしてる」
桐生くんの胸を押し返してた両手が、桐生くんの片手でつかまれた。何で、私の両手が桐生くんの片手で封じれるのか分からなかった。
片手で体を支えて、片手で私の頭上に両手を固定する桐生くん。そんな体格差、なかった、はずなのに。
「は、放してよ、」
「お前、馬鹿なのか、天然ぶってんのか、どっちだよ? 普通、無警戒に俺を部屋に招き入れるか?」
「そんなの──」
確かに、馬鹿だ。いくら何があったか知りたかったとはいえ、当事者の桐生くんを部屋に入れるなんて。
でも、どこかで期待してた。なんやかんや、何もなかったんでしょ、と。桐生くんはそんなことしないと、信じてた。
でもそれは桐生くんの口からあの夜の話を聞くまでで、聞いた後は、どうして警戒しなかったのか、分からない。
「だったら、カンチガイじゃねーだろ。お前、どこかで俺のこと忘れてねぇだろ」
ビクッと、脳が、震えた気がした。
──嘘だ。
私は、久重先輩が好き。
桐生くんは、私の中でもういない。
──はず。
「違うっ…違う、もう、桐生くんは、」
桐生くんの瞳から、顔を覆い隠したかったけれど、桐生くんの両手がそれを赦してくれない。
「だって、わたし、あのとき、もう、凪砂くんのことは、諦めて、」
告白したときのことを思い出して、涙があふれた。あの時泣いてたみたいに、涙が目尻から一直線に流れてソファに零れる。
「好きだった、けど…ずっと、ずっと凪砂くんのこと好きだったけど、忘れたの。もう会えないって思ったから、」
「じゃあ、ここで“凪砂くん”に会って、お前はどうなってるわけ」
核心をつかれて、言葉に詰まる。なんでそんな突っ込まれる理由を付けてしまったんだろう、と。
「…凪砂くんに、会った時…もう、久重先輩好きだったから、」
じゃあ、久重先輩より先に凪砂くんに再会できてたら。
そしたら、私はどうしたんだろう?
分からない。だって、現実、私は久重先輩に出会った。久重先輩を好きになって、それから凪砂くんに再会した。だから、分からない。
理屈じゃない。別の現実があったときの気持ちなんて、想像できない。分からない。
戸惑った私をじっと見下ろしていた桐生くんが口を開く音がした。




