第33話
ちょっとドキッとしながら、私も傘を差す。
「い、いえ…あれは本当にりっちゃんの言った冗談で…」
「ふーん。そしたらなんの飲み会? 凪砂企画?」
「いえ、凪砂く──桐生くんの友達の企画みたいです。その、他学部の友達増やしたいから、同じ学部で仲良い人誘ってって頼まれたらしくて…」
苦しいかな、苦しいかな、この言い訳は…。しかも先輩につられて“凪砂くん”って言いかけちゃったし。
外を歩きはじめると久重先輩の表情は見えない。何か気まずいなー、とちらっとその横顔を見上げる。なんで気まずいんだろう。空気が、重い気がする…。何か話題を、と思って口を開く。
「…そ、そう言えば、この間、水族館の特集やってたんですよ! カワウソの餌やりするところが出てたんですけど、それが可愛くて…!」
「あ、そうなん? ミツ、そういうの好きなんや」
「そうなんですよー。もうペンギンもラッコも可愛くて」
相槌を打つ久重先輩は笑った。
「ミツ、自分も小動物みたいなくせに。動物好きなんやな、自分に似とるから?」
「そんなわけないじゃないですか! しかも私、そこまで小さくないですよ!?」
良かった、空気が少しマシになった、とほっとする。
「てか、何で特集? なんかの赤ちゃんでも生まれたんか?」
「あー…どうなんでしょう…私も途中から見たので分かりませんでしたが…」
んー、と考え込む。桐生くんが見てたから、桐生くんに聞けば分かるかしら。桐生くんと言えば今日の夕飯はどうしよう…冷蔵庫に何があったかによるけれど…。
「まぁ行ってみたら分かるな」
「それはそうですね、」
「じゃ行かへん? 水族館」
「そうですね──…はい?」
夕飯の献立なんて考えてた私は──久重先輩の思わぬ言葉にグリンと首を捻った。いま、なんて?
「だって、特集しとるってことは何かあるんやろ? 俺もカワウソ好きやし。行かへん?」
久重先輩は傘の下からニッと笑う。ごくっと、私は唾を飲んだ。
「そ、それは、2人ですか…?」
「この流れで他に誰誘うねん。ま、ミツが誘いたい人おるんやったら誘ってもええで」
ははっ、と久重先輩は笑った。
りっちゃん、これは。これは、デートでしょうか。
「い、行きます! 大丈夫です、2人で!」
「ほな明日暇?」
「暇です!」
「りょーかい、筋トレ終わって帰ったらLIMEするわ」
一度は聞き返したけど、まだ二つ返事のうちでしょう! 勢いよく頷いて、手を振る久重先輩にぺこぺこ頭を下げた。
信じられない幸せに、手が震える。
久重先輩と、デート!




