第29話
変な桐生くん、と私もテレビに視線を戻す。そして、時計が目に入ってその時刻に気付いた。
「…桐生くん、もう12時前じゃん。早く帰りなよ」
「え? あー…帰るのめんでぇなぁ。泊まっていい?」
「何馬鹿言ってるの? いいから早く帰ってよ! 明日1限なんだからね!?」
「あー…」
言語か、と桐生くんは欠伸をした。私は桐生くんがうだうだ居続けないようにテレビを消す。
「ほら、早く帰って。桐生くんも寝坊するよ」
「はいはい。あーめんどくせ。お前、部屋2つあるんだから泊めてくれてもいいだろ」
「終電なくなったわけでもないのに何で泊めないといけないの。桐生くんも下宿なんだから、さっさと帰って」
「はいはい…」
はぁ、と桐生くんは立ち上がる。机の上に置いていた時計を手に取って、それを腕に嵌めながら視線を彷徨わせる。
「あー、のさ…」
「なに?」
「……梅雨明け、いつだろうな」
「…そりゃ、例年通りなら来月末でしょ…なに、急に」
「いや…雨降ると外出るの嫌だよなって」
「…まぁ、そうね」
何を言いたいのか全く分からない。桐生くんは時間を稼ぐみたいにのろのろ時計をはめた後、カバンを肩に掛けた。
「…なにが言いたいの、桐生くん」
「……いや、まぁいいや」
桐生くんは珍しく口ごもって、さっさと玄関に向かう。一体なんなのかしらと首を傾げながらも、見送るためにその背中を追いかけた。
…桐生くん、背、伸びたな。
中学のときしか覚えてないから、その時のことを思い出すと不思議な気がする。あの時は私と同じくらいだったっけ…。
トントン、と靴を履きながら、桐生くんはスマホを取り出す。
「次は…えーっと、」
「どうせ梅雨で部活が不規則なんでしょ? もういいわよ、慣れたし、雨が降った日に来るなら連絡くれれば」
「ん、そう…」
桐生くんはまだスマホを見てる。
「…土曜、部活ないから。来るわ」
「はいはい…言っとくけど、休みの日だからって凝った晩ご飯作らないからね」
「最近のお前の手抜き具合見れば期待なんてしねーよ」
今日も豚にらもやし炒めただけだし、と言われ、「じゃあ来るな!」と言いたくなるのをぐっと堪えた。桐生くんは傘を手に取ると、ぴっと手を挙げた。
「じゃーな」
「ん。ばいばい」
扉を開けて、「げっ」と大降りの雨に顔をしかめて、桐生くんは出て行った。パタン、と扉が閉まると、家の中はシーンと静まり返る。さっきテレビを切ってしまったせいで、ザー、と大雨の音だけが聞こえる。
「……別に、寂しくないし」
ぼそっと呟いて、くるっと玄関に背を向けた。




