第100話
「それって私が誘えってこと…?」
「それでもいいし、誘わなくても伊勢先輩あたりが久重先輩を唆しそうだけどねぇ」
ね、と言われた來未ちゃんが無言で頷く。
でも、もし仮に、先輩に誘われて、それに行ってしまったら。そしたら、告白されたときに、もう断ることなんてできない。
「だからミツ、花火があるこの2、3週間のうちに行動を起こしなさいよ」
ぐっと、りっちゃんが親指を立てる。行動を起こしてしまったら、もう戻れなくなってしまう。
「ねぇ、ミツ」
りっちゃんがトイレに立った後、ふと來未ちゃんが口を開いた。いつも誰かの話に相槌を打ってサラリと黒い発言をするだけなのに、珍しい。
「なに?」
「ミツ、桐生くんと久重先輩のどっちが好きなの?」
「………え」
そして──來未ちゃんが自分から口を開くときに、穏やかな会話は期待できない。唖然とした私を、來未ちゃんは相変わらずの無表情で見つめ返した。
「なんだか、最近、あんまり久重先輩久重先輩って感じじゃないから」
「そ、そう…?」
「ねぇミツ、別に久重先輩を好きじゃなくなっても、私は構わないと思うよ」
…頭を殴られたような衝撃とは、このことをいうのだろうか。
「…はい?」
「ミツ、1年の時から先輩のこと好きだし、先輩もミツのこと好きっぽいし、それならって感じで周りが盛り上げてたけど。好きじゃなくなったなら、それはそれでいいんじゃない」
「え、あの、」
「りっちゃんはああ言ったけど、もし久重先輩と花火に行ったら、多分告白されるよ」
多分というか、十中八九、と來未ちゃんは言った。
「だから、久重先輩のこと好きじゃなくなったなら、行かないほうがいい」
「それは…分かってるけど、」
「そして、ミツが桐生くんを好きになったとしても、それは仕方ない」
相槌を曖昧に打ちながらも、一番言いたかったのは、何で気付いたのということ。久重先輩を好きじゃないということに加えて、凪砂くんを好きなんだというところまで。
ただ、なんだかすごくホッとして、言えなかった。
「別に私は責めないし、責める人がいたらそれは間違ってると思うし。そこはもたついた久重先輩にも原因があるだろうし」
「はは…」
渇いた笑い声を漏らす。そう言ってもらえるのは、嬉しい。
けれど、みんながみんな來未ちゃんのように思ってくれるわけではない。寧ろ思わない人の方が大多数だと思う。




