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短編集 【三題話】

【三題話】タバコ・頭痛薬・ザッハトルテ 『銀幕構想』

作者: 秋乃 透歌

『タバコ、頭痛薬、ザッハトルテ』

 この三つのキーワードからどんな物語ができるのか、ご自分で想像してから、本編をお楽しみください。


【予告】

 事件を解決する手がかりは、殺人現場に残された洋菓子と、被害者が残した「半分も優しさが入ってたんだ…」という謎の言葉。

 新婚ほやほやの探偵助手(自称)を引き連れて、凶悪事件初心者の迷探偵が事件を追う。

 遠い昔にやめた『タバコ』に火をつけた時、探偵の灰色の脳細胞が絶対不可能を可能にする。

 『頭痛薬』に隠された企業の闇、半分に切り分けられた『ザッハトルテ』――今、世界を震撼させた連続三重密室殺人事件の謎が、ハードボイルドに解き明かされる。


 『タバコ、頭痛薬、ザッハトルテ』、お楽しみに!


(例によって、この予告は、本編と全く関係ないことがあります)

 学ランのポケットから、セロファンと紙でできた箱を取り出す。箱の底を指で弾いて、無造作に破いた銀色の奥から、『それ』を一本取り出して口にくわえた。

 高校の校舎は南北で別れていて、そのうち南校舎の屋上は生徒の出入りが禁止されている。

 その南校舎の屋上。

 夕日で赤く染まる空の下、遠くへ視線をやりながら、無造作に。

 くわえたタバコと手にしたライターを包み込むように手で風を遮る。

 カチッ、カチッと火花を散らして――。

 バン、と扉を開く音。

「ちょっと! 南校舎の屋上は立ち入り禁止、ってタバコー!!」

 そして、無駄に元気な声が聞こえた。

 安藤(あんどう)は、反射的にそちらを振り向きそうになるのを堪えて、タバコに火をつけようとする。

 まだ、先輩の声が聞こえていない。

 ライターに火がつく。その中にタバコの先を入れて、息を――。

「無視すんな!」

 背中に蹴り。

 突然のことに、まったく受身もとれずに安藤は倒れた。屋上は雑な作りのコンクリートで、あちこちが擦り傷になるのを感じた。

「ふう、限界か。――カット」

 先輩の声が聞こえた。

「何すんだよ、突然」

 安藤は体を起こしてあぐらをかくと、自分の背中に盛大に蹴りを入れてくれた人物を見上げた。

「立ち入り禁止の屋上で、タバコ吸ってた現行犯。しかもあたしを無視した!」

 元気一杯に腕組みしてぎゃんぎゃん吼えてるこの女子生徒は、見回り中の風紀委員であることを示す緑色の腕章をつけていた。

「仕方ないだろ」

 安藤は立ち上がって、その風紀委員をにらみつけた。

 当然、男子女子の差があるので、安藤が彼女を見下ろす格好になる。そうでなくても、風紀委員の女子生徒は背が低く、大抵の女子生徒も同じように彼女を見下ろすことだろう。

「カメラ回ってんだから」

「にゃに!?」

 怒りからか、見下ろされているのが気に食わないのか、彼女は日本語だか猫語だかわからない言葉を返してきた。

「映画研究会の映画の撮影中だったんだよ。事前に職員室にも話を通してある」

 そう言って、先輩がカメラと、事前に職員室でもらってきた屋上立ち入り許可の紙を見せる。

「きょ、許可があるの?」

「タバコも偽物。紛らわしかったのは謝るが、いきなり背後から蹴り倒すことはないだろう」

 そんなやり取りで、先輩が風紀委員相手に誤解を解いている間に、安藤は学ランの上着を脱いで溜め息をついた。

「先輩。今日の撮影は無理です」

「何! 何故だ!?」

 驚いて聞き返してくる先輩。

 無理もない。

 大して作品の内容も決まっていないくせに、時間がないからそれっぽい絵だけ先に集めようと、とりあえずカメラを回し始めたのだ。たった二人だけの映画研究会では、文化祭に向けた映画の撮影のために残された時間など、最初から足りないくらいなのだ。そのうえ、開始して一時間も経たないうちに邪魔が入り、その結果撮影続行不可能になる。それは声を上げたくもなるだろう。

「これ」

 学ランの背中には、ばっちりと風紀委員の女子生徒の靴跡が残っていた。長年雨風にさらされた屋上を走ることで付着した埃(らしきもの)は、手で払った程度ではまったく落ちる気配を見せない。

「それに、鼻の頭すりむきました」

 それが決定打だった。

 今、無理に安藤をビデオカメラを回しても、ケガがある状態では、最終的に作品に収めたときに脈絡がおかしくなってしまう。

「くっ、仕方ない。早めに治してくれ」

「時間ないのに、すんません」

 そんなやり取りを聞いてか。

「あ、あの」

 風紀委員の女子生徒が、おずおずと口を開いた。

「もしかしなくても、私のせい、だよね。確認もせずに蹴ったりしてごめんなさい。でも、私、タバコだけは――」

「乱暴女」

 安藤はそう呟いて、わざとらしく学ランをはたいてみせる。

「うー、悪かったって言ってるじゃない」

「反省の色が見えないね」

「じゃあ、どうしろって言うのよ!?」

 安藤は、カッとなって女子生徒につかみかかろうとする――直前に、先輩に止められた。

「乱暴は良くない。それよりも、キミ、名前は?」

 安藤は、先輩の表情を見て嫌な予感を覚えた。

 その表情は、先輩が時々見せるものだ。例えば映画の公開まで時間がなくて、学校に夜中忍び込んで編集作業をやっている時に見せるものだ。その他には、生徒会相手に予算折衝をやる時などにも見せる。

 つまり、よからぬことを企んでいる顔だ。

「二年の、安藤くんのクラスメートで、風紀委員の飯塚(いいづか)です」

「僕は、映研部長の浮田(うきた)だ。安藤のクラスメートならさらに好都合だ。我々の作業が遅れる原因となったのはキミの不注意が原因と言えなくもない。そこでだ」

 先輩は、にやりと笑うと、こう言った。

「飯塚君、映画のヒロインに興味はないかい?」



「はいこれ、差し入れ」

 翌日。

 お世辞にも片付いているとは言いがたい映画研究会の部室には、三年の浮田、二年の安藤といういつもの映研部員の他に、風紀委員かつ安藤のクラスメートの飯塚がいた。

 おんぼろのソファーと、小さな机。そして、数え切れないフィルムとノートと撮影機材と編集機材。その他、ガラクタ多数。

 そんな部屋には似合わないと言えるかもしれないが、差し出された洋菓子店の紙袋の中には、小さなケーキが三個入っていた。

「ザッハトルテよ。男子って、甘いもの嫌いかもしれないけど、好みが分からなかったし、結局私の好きなものにしちゃったわ」

「ありがたいけど……この部室は、お茶とかコーヒーとか出せないんだが」

 安藤がそう言うと、飯塚はにっこりとして、魔法瓶の水筒と紙コップを取り出した。

「そうじゃないかと思って、紅茶も作って来た」

「おお、気が利くな。飯塚君は、将来良いお嫁さんになるな」

「ええ~」

 浮田の言葉に、安藤もまんざらではなさそうだ。と思いきや。

「先輩、今の発言は『ええ、そうですか~?』ってパターンと、『それってセクハラです、最低』ってなるパターンがありますから気をつけてくださいね」

 ばっちり釘を刺していた。

「ごほん。それはともかく、ここでケーキの数が三個ってことは、映研のメンバーとして映画に協力してくれると受け取っても良いのかな?」

「映画には協力しますよ」

「おおそうか」

「で、どんな映画を撮るんですか?」

 あ、それは聞いちゃだめ、と安藤が止める間もなかった。

「良くぞ聞いてくれました!」

 浮田のテンションが、一気に上がる。

「そもそも我々の映画は、高校生のなんたるかを描くリアリティが肝心だと考えている。前提条件としてキャストが全て高校生である以上、どうしてもその前後の年齢のキャラクターを出す必要がある。毎年、映研の先輩達は、リアリティをテーマに映画を撮ってきた。数こそ昨年から大幅に減少してしまったが、今年の映研もその伝統を受け継ぐ。志を継ぐのだ」

「こ、高校生のリアリティって?」

 若干浮田の勢いに引きながらも、飯塚は核心を突く質問をした。

「今年のリアリティは、タバコだ。高校生の喫煙をテーマに、リアリティをカメラに収める」

「やだ」

 きっぱりと、飯塚は言った。

「な、何?」

「タバコがテーマなんてだめ。それだけは許せない。どうしてもそのテーマで撮るっていうなら、私は一切手伝いません」

 その断定的な発言に、安藤は驚いて彼女の顔を見てしまう。昨日の屋上でも、普段見せないような攻撃的な彼女に驚いたが、今の彼女もかなり違和感がある。普段の彼女は、気を利かせてケーキを買ったり紅茶を用意したりするような、穏やかで柔らかな印象なのだ。

「ふむ」

 すると、浮田はあっさりと頷いた。

「いや、実は俺もタバコというテーマは今ひとつだと思っていたんだ。しかし、二人きりの映研では俳優は一人しかいない。カメラマンが必要だからね。そこで、一人でも描けるかと思ってタバコを選んだんだが、実は他にやりたいテーマがあったのだ。飯塚君が協力してくれれば、そのテーマで映画を作ることも不可能ではない」

「あー」

 安藤は、非常に嫌な予感を覚えて声を出す。浮田の表情が、例のよからぬことを考えているアレだったのだ。

「何ですか、そのテーマって」

「キスだ!」

 間髪おかずに答えたその言葉に、安藤は思考停止状態になる。

「な……」

「き、キスって、私と安藤君が!?」

 そう声を上げて、思わず顔を見合わせたりして、二人は顔を赤くする。

「これほど高校生のリアルに迫るテーマもないだろう」

 浮田の中でほぼ決定事項になりかけているのか、もうタバコというテーマに未練はなさそうだった。

「ま、待った。飯塚、この流れはまずい。どうしてそんなにタバコがテーマが嫌なのかは知らんが、このままではまずい。タバコでいいじゃないか」

「嫌!」

 取り付く島もないその答えに、安藤は思わず声を荒げてしまう。

「なんだよ、理由くらい説明すればいいだろ!」

 そして、安藤は息を飲んだ。

 強く言葉をぶつけた飯塚が、ひどく傷付いた青ざめた表情をしていたからだ。

「いや、あの」

 慌てて言葉を探す安藤に。

「ごめん、私、頭痛いから」

 それだけ呟くように言って。

 バタン。

 部室の扉が閉まる音だけが、大きく響いた。



「受け取れよ」

 そんな声に飯塚が顔を上げると、ゆるやかな放物線を描いて、くるくるとペットボトルが飛んできた。

「わ、わ、わ」

 数回お手玉をするように落としかけたが、なんとかそれを受け取った。

「ナイスキャッチ」

 部室棟近くの校舎の階段で座り込んでいた彼女に、近づいて来たのは安藤だった。

「危ないじゃない、突然こんなもの投げつけて――しかも、ただの水だし。私、ウーロン茶が良い」

「ほら」

 安藤は、わざと明るく振舞っているように見える飯塚に、こんどは小さな四角い箱を手渡した。

「これって……」

「頭痛薬。頭痛いって言ってたから」

「それを飲めるように水って訳ね」

 はあ、と溜め息をついて飯塚は笑顔を見せた。

「頭痛いなんて嘘。でも、これはありがたくもらっておくわね。ありがと」

 その笑顔が何だか痛々しく感じて、安藤は慌てて次の言葉を探した。

「なんか、先輩が巻き込んじゃって、悪かったな」

「いいよ。屋上では、私が悪かったんだし」

 隣に腰を下ろして、安藤は思い切って聞いてみることにした。

「屋上でも、さっきも、タバコがからむと人が変ったようになるよな。何かあるのか? いや、無理に話せって言ってる訳じゃないぞ。ただ――話して楽になることもあるからさ」

「うん、ありがと」

 飯塚は、小さくそう呟くと、顔を上げた。

「私の大好きだったおじいちゃんが、肺がんで亡くなったの。一年くらい前のことよ。ずっとヘビースモーカーで、仕方がなかったんだけど。でも、悔しくて。」

「そうか」

「でもね、タバコをテーマにすることに反対したのにはもう一つ理由があるの」

「え?」

 そこで、安藤は、もう時刻が夕暮れ時であることに気付いた。夕日の赤が空を染め、校舎を染め、グラウンドを染めて、そこにいる全ての生徒を染め上げている。

 そして、飯塚の横顔も赤くなっていた。

 でも、それは。

「私は、テーマがキスの方が良いなあって思ったの」

「え、え!?」

「ねえ、安藤君」

 勢いをつけるように立ち上がった飯塚が、安藤の手を引っ張って立ち上がらせる。

「私は、安藤君のことが好き。大好きな安藤君が、タバコなんて許せないと思ったの」

 あまりの展開に呆然としている安藤。しかし、その原因を作っている飯塚は、ますます勢いに乗って。

「ね、リハーサルしよっか」

「は?」

「さすがに、映画が最初ってのはどうかと思うのよ。映像として残っちゃうわけだし」

 それだけ言うと、もう言うべきことはないとばかりに飯塚は黙った。

 勝手に目を閉じ、少し顔を上に向ける。

「……!」

 安藤も、これが何を期待されている状態なのかは痛いほどわかった。しかし、これでは心の準備が。

 いや。

 飯塚にここまでさせて、俺が何もしないわけにはいかない。だって、俺は、俺も飯塚のことが――。

 安藤は、静かに飯塚の肩に手を置いた。彼女の両肩に力が入っているのを感じて、逆に安藤の力が抜けた。

 そして、彼も静かに目を閉じながら、唇を――。


  ◆ ◆ ◆


「――という映画はどうだろう、安藤君」

「これのどこが、高校生のリアルですか。キスとかで適当にリアルをでっちあげて、今年の高校生映画賞の課題テーマである『タバコ』、『ザッハトルテ』、『頭痛薬』をそのまま並べただけじゃないですか」

「そういうな。苦肉の策だ」

「というか、俺のクラスメートに、こんな可愛い風紀委員とかいませんから」

「そうなのか……」

「全然リアルじゃないです。先輩も僕もキャラが違いますし。そもそも、ラストが雑過ぎます。考え直してください」

「おおお、時間がないのにー」


 お楽しみいただけましたら幸いです。

 なお、お題の3つのキーワードは、友人達によるリクエストです。


 近いうちに、このような形でお会いできることを楽しみに。

 それでは、また。

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