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六話 日常編(昼休み一)

 現在は昼休み。運命達三人は屋上の一部を陣取って、円を描くように座っていた。あれから、午前の授業を何とか消化し終えた運命は、主にホームルームで失ってしまった英気を養っている最中なのだ。ホームルームでの事を蒼太や神楽に愚痴ることで。


「はぁ……、朝から最悪の一日だった。あれがまだ二年続くと思うと……」


「まぁ、あれはないよな。俺だったら間違いなく非行に走るだろうな、あんな羞恥プレイされたら」


 運命の溜め息混じりの愚痴に、神楽は昼食の焼きそばパンを食べながら答えた。ただ、今朝のことを思い返しているのだろうか、顔はしかめられている。


 そんな神楽に代わり、蒼太は一人異論を唱えた。曰く、冬花が暴走するのは予想出来ていた、と。


「昨日、あれだけ派手にやらかしたんだもん。フェイト信者の冬花ちゃんが暴走するのも分かるよ。まぁ、だからってあれはないとは思うけどね?」


「ああ、それは確かに。運命もネタデッキで決勝戦に挑むとか、結構ふざけてたもんなぁ。んで、勝っちまうんだから余計刺激しちまったか」


 これに一理あると神楽も肯定し、運命は渋い顔を作る。確かに運命としても、ふざけていたことには異論はない。と言うか、テンションが上がり過ぎて馬鹿な事をやったものだ、と運命自身思っていたことだ。


 だが、それでも話の論点が違う、と運命は二人に不満げな視線を送る。今回の論点は冬花による羞恥プレイであって、その原因ではないのだ。


 運命のその視線にいち早く気付いた神楽は、苦笑を交えて運命に問い掛ける。運命の愚痴を聞くのも面倒になってきたのか、話の論点は戻さなかったが。


「そういや、握手拒否られたとか言ってたな。それはどうなんだ?」


「知らないって、そんなの。居たのかよ、如月先生」


 その言葉通り、運命には冬花が居たかどうかなど全く分からなかった。冬花を見なかったわけではない。ただ、特定の人々が多すぎて、どれがそうだったのか絞り込めなかったのだ。そう、ある特定の人々が多すぎたがために。


「運命の狂信者は多いもんねぇ。心当たりが有り過ぎて、逆に絞れないとかウケるっ」


「蒼太、お前は俺の気持ちを知れ! こっちはマジで必死なんだからな!」


 弁当箱をつついていた蒼太が吹き出すと、運命はコンビニ弁当を片手に、持っていた割り箸をビシッと蒼太に向ける。その時の運命の目には涙が浮かんでいた。ファンとは名ばかりの狂信者と運命の間に、一体何があったのだろうか。ただ、触れてはいけない何かがあったことだけは確かなようだった。


 だが、そう言われても蒼太は笑いが止まらないらしく、運命とは違った意味で涙を浮かべている。


「いやぁ、あれは何回見ても面白いからさ。運命もよく堪えられるよね」


「言っとくけど、毎回死にそうになってるんだからな? 俺はいつ発狂してもおかしくないんだからな?」


 笑いながらの蒼太の言葉に、運命は畳み掛けるように問い掛ける。勢い余って、蒼太の肩を揺さぶりそうなほどに。


 そんな二人のじゃれ合いが度を超して喧嘩に発展する前に、一人だけ様子を見ていた神楽が話題を逸らしに掛かる。さすがはストッパー役と言ったところだろうか。


「それはそうと、運命はこの調子だと今年も夏の本戦大会には出れそうにないな。いや、予選も危ないか」


「当たり前だろ。出るわけねぇよ。出たが最後、すぐに身元特定されるのがオチだ。そんな事になったら、あいつらが家まで押し掛けてくるのは目に見えてるだろ……」


 今まで黙っていた神楽から出たその話題に、運命は当然だとして頷く。それに出ることが如何に危険か、やらなくても分かる、と。


 S&G、夏の本戦大会。それは以前話した現実におけるS&G最大の二大イベントの事である。この大会は予選を七月の下旬から八月の上旬まで行い、本戦は夏休みの下旬に行われる形の、スパンの長いものでもあった。


 ただ、これだけならば問題はない。問題点は、本戦が現実の会場を使うことにあるのだ。現実の会場では、会場内に作られた特設ステージで試合をしなければならない。つまり、身元の特定が安易に出来てしまうことになりかねないのだ。これは、運命にとっては死活問題と言っていいほどの事態なのだ。


 フェイト信者にそんな付け入る隙を見せたが最後、果たして運命は無事でいられるのか。否、いられるわけがない。


 故に、運命は毎年この大会にだけは出場しないと決めていたのだった。


 その事を思い浮かべただけで、恐怖に震える運命。そんな運命に、またしても蒼太が茶々を入れる。親指を突き立て、グッドラックといった意味の乗ったウィンクを交えながら。


「あはは、もういっそのことバラしちゃえば? そしたら一思いにやってくれるよ、きっと」


「ふざけんな、死んでも断る!」


 だが、当然ながら運命は蒼太の頭を叩き、拒否の言葉を吐き捨てるのだった。そこからまた、二人のじゃれ合いが始まるのだが、神楽は溜め息混じりにそれを眺めるのみ。またか、と止める気も失せたようだった。


 ◇


 それから数分後、ようやくその馬鹿なじゃれ合いが終わった頃、神楽が確認のために運命へと尋ねた。


「それじゃ、今年も夏の大会はイベントを楽しむだけにしとくか」


「ああ、そうだな。あ、でも今回は麗奈が一緒だけどいいか?」


「ん? どういうことだ。あいつはいつも名花と一緒だったろ?」


 運命のその発言には神楽だけでなく、蒼太までも首を傾げていた。別段、神楽や蒼太も一緒に参加すること自体はいいのだ。ただ夏の大会には、麗奈はいつも名花とともに参加していた。それをいきなり同じグループとして行くと言われれば、疑問の一つや二つ浮かぶと言うものだろう。


「いや、昨日ちょっとあって。約束しちゃったんだよ。一緒にゴールデンウイークのイベントとか、夏の大会に行くって。他にも麗奈のお願い聞かなきゃならなくなったしな」


 運命は誤魔化すような乾いた笑みを浮かべ、視線を逸らす。更に、説明もまた曖昧でどことなく濁した言い方だ。それは明らかに、何か後ろめたいことがあったと言っているようなものだった。


 だが、それより何より、運命が言った麗奈との約束だ。神楽も蒼太も、それの意味する事をはっきりと察してしまった。それ、二人で行こうって意味なんじゃ……、と。つまり、明らかにデートの誘いだったんじゃないのか、と言うことだ。


「それって……」


「分かった。俺達はそれで構わない」


「っ、……神楽!?」


 蒼太がその事を口走りそうになったところ、神楽がそれを遮って運命に承諾してしまった。蒼太は驚きを隠せない。神楽が承諾したこともそうだが、何より運命に麗奈の真意を教えようとしないことにだ。


 蒼太の顔色は見る見るうちに青ざめていった。あとで麗奈がこの事を知った時どうなるか、蒼太は気が気ではなかったのだ。運命一人にその矛先が向くのならまだいい。だが、今回の場合だけは確実にそうはならない。それを承諾したと知られれば、自分にまで火の粉が飛ぶのは分かりきっているのだから。


 蒼太の心境など理解している。自分もまたそうなのだから、と神楽は頷く。そして、神楽は蒼太の肩を引き寄せると耳打ちして言った。


「……大丈夫だ、俺に任せておけ。何とかする」


 その時の神楽の表情と言えば、真剣な眼差しに強張りながらも笑みの浮かぶ顔。それは、ある種の覚悟を決めた者の面構えだった。そんな神楽の覚悟を間近で見た蒼太が、同じ決断に至るまでそう長くは掛からなかった。


 そうして二人が密かに結託する横で、一人取り残された形の運命は、割り箸をくわえながらそれを訝しそうに眺めるのだった。


 ◇


 現在、三人は昼食を終えて教室に戻ってきていた。三人は窓際の席を確保し、陽だまりに当たりながら一息吐く。そこで不意に、運命は昼食中は聞けなかったことを何の気なしに二人に振った。


「それで、結局二人で何話してたんだよ」


「何でもない。それより、S&Gでもやらないか。フレンドフィールドなら、運命も狂信者どもの邪魔がなくて良いだろ」


「そだねぇ、まだ時間もあるし。対戦順は最初にジャンケンで二人決めて、残った人は最初の試合勝った人とやるってことで。二試合くらいなら今からでも回せるでしょ」


 だが、話を振られた二人はそれを流し、運命の興味を別に逸らす。ただ、口調こそ棒読みではないが、やはりどこか視線は定まっていないようだった。


 これでは、明らかに何かあると運命にも否応なく分かった。それでも、話さないなら話さないで構わないか、とそれ以上追及する事はなかった。


「明らかに話逸らしたな、二人とも。まぁ、S&Gやれるならいいけどさ」


「んじゃ、決まりだ。さっさと、S&Gログインしちまうぞ」


「了ー解」


 運命が頷いてスマートビジョンを取り出すと、神楽や蒼太もまた同じように準備を始めた。すぐにでもログイン出来るようにしてあるのか、素早く操作すると腕に着けているブレスレットも起動。その後、三者三様に思い思いの楽な姿勢でS&Gにログインするのだった。


 余談だが、神楽の胸ポケットから取り出されたスマートビジョンは、青色を主体に銀の爪跡のような模様が付いたものだ。代わって蒼太のものは赤色を主体とし、白い水玉模様の小さな穴が所々あるカバーが施されていた。


 ◇


「さて、んじゃ早速施設に行くか。順番は俺と堕天使が最初でフェイトが二戦目だな?」


 そこには運命を含め、三人の人物が居た。一人は銀髪に、灼熱を思わせるような紅と魔法陣の刻まれた金のオッドアイが印象的な人物。プレイヤー名はラグナ。神楽だ。そして、もう一人が蒼太。現実とは全く違い、髪も瞳も黒色で統一され印象もかなり様変わりしていた。プレイヤー名は堕天使様。


 三人は各々、待ち合わせ場所としてプレートサーバー、第二首都プレートの大広場に来ていた。ここからまた移動し、フレンドフィールドを借りられる施設へ。とは言っても、同じ広場内にあるためそこまで歩くこともない。時間にして五分程といったところか。


 VR版S&Gにはサーバーが五つ存在する。『テンプレート』『テンプレ』『テン』『プレート』と、VR版S&Gの大規模イベント用の大型サーバーである『セカンド』だ。ただ、最後のセカンドサーバーは、上記の通り大規模イベント以外では基本的に使われないため、実質サーバーは四つとも言える。また、その四つに関してはあまりにいい加減なサーバー名故に、ユーザーは上から順に第一、第二サーバーなどと呼称している。


 それはそれとして、施設へと向かう道中、運命は異様に落ち込んでいた。それと言うのも、広場に集まった当初に行われた勝負事で完敗を喫したからだ。


「まさか、俺がジャンケン一人負けとか……」


「まだ引きずってんの? 仕方ないじゃん、フェイトが一人だけチョキ出すんだもん」


「そうなんだけど、そうなんだけどな?」


 欠伸をしながら歩いていた蒼太が呆れたような口調でもって答えると、運命も頷き返す。ただ、落ち込んだ様子は直らなかったが。頭では理解していても、心では納得出来ない。そんな気持ちなのだろう。


 これに同意したのは神楽だった。運命の運は凄まじいものがある。それ故に、勝負事に負けることなど滅多にないはずなんだが、と神楽も首を傾げたのだ。


「まぁ、確かにフェイトにしちゃ珍しいな。運試し系の物なら普段は九割近く勝つはずなんだが」


「そだねぇ、そう言われれば不思議かも。あ、でもフェイトもたまにあるよね。運が無い時。大きな勝負事とかしたあとは特に。やっぱりそう言う時ってフェイトでも、運使い果たしちゃうんじゃない?」


 神楽の言い分に一時は蒼太も納得したものの、すぐさま運命の運が無い要因に行き着く。それが正しいかは別として、納得はいくものだった。


 蒼太の説明に神楽は頷き、腕を組んでそれを思い返す。昨日のことだけに、苦もなく鮮明に思い出せるようだ。


「あぁ、昨日のは凄かったしな。決勝戦だけじゃなく、準決勝もぎりぎりだったか。あれって確か、去年の夏冬大会で二連覇した奴だったよな」


「ううん、去年だけじゃなくて一昨年も夏は逃したけど冬は奪い返してたから三連覇だよ。通算したら、もっと凄いんじゃない?」


「フェイト、よく勝てたな。一戦勝負っつっても、フェイトのは基本的に戦略もくそもねぇネタデッキかギャンブルデッキだし、奇跡的過ぎんだろ」


「うん、ある意味尊敬に値するよ。悪ふざけで勝つなんて」


 神楽と蒼太の視線が運命に集まる。そこに含まれた馬鹿を見るような視線には、運命も反論せずにはいられなかった。


「んなことで尊敬されたくないわ! そもそも、そのせいで試合後にやたらそいつが絡んできたし。最悪だっての」


「えっ、ホントに!?」


「まぁ、当然だろうな。フェイトは現実の大会には一切出ないし。VR版でも気が向かなきゃ大会には出ないから、余計にな。そのくせ、何気にポイントは稼いでランキングには載ってるし、トップランカーだし。そりゃ、そいつじゃなくても絡みたくなるだろ」


 蒼太は運命の発言に驚きを露わにしたが、神楽は違った。呆れた表情とともに、その人物の擁護をしたのだ。だが、神楽の言うとおりならそれも確かに頷けると言うもの。そんな奴が居たのでは、大なり小なり絡んでくる者もいるだろう。


 運命も痛いところを突かれたのか、言葉に詰まる。運命自身もまた自覚はしているのだ。


 とは言え、運命は反論しようと思えば出来た。神楽の言っていることは間違ってはいないが、正論と言うわけでもないのだから。しかし、運命はそれをする気はなかった。絡んできた者ではなく、神楽にそれをしても何の意味もない。そんな事をしても結局泥沼で終わるのが落ちなのだから。


 さっさと別の話題に移るのが得策だ。運命は神楽の指摘に落ち込んだふりをして、じゃれつく。


「ラグナ……、お前って奴は何て友達がいの無い奴なんだ。俺は悲しいよ……」


「抱きつくな、暑苦しい。堕天使、笑ってないで助けろ!」


「えー、今回はラグナが悪いんだし、施設までそのままでいいんじゃない? それに僕の名前は堕天使様だよ。様まで付けてよね、まったく」


 蒼太に助けを求める神楽だったが、蒼太はこの状況を面白がって笑いはしても、助けるつもりはないらしい。このままでは蒼太も運命に便乗しそうだ。そうなっては堪らない、と神楽は蒼太に助けを求める野を諦め、運命を引き剥がしに掛かる。


「フェイト、俺が悪かったからいい加減離せ!」


「だが断る」


「だあぁ、マジでふざけんな!」


「二人とも頑張れー! 特にフェイト、日頃の恨みを晴らしちゃえ!」


「この、馬鹿堕天使が。フェイトを無駄に煽んじゃねぇ!」


 その後も、三人は施設に着くまで延々とこの馬鹿騒ぎを繰り広げるのだった。



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