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五話 日常編(明くる日三)

「――そんなわけだから、しっかり美羽ちゃんに謝ること。いいね?」


「はい、反省してます」


「物で釣ろうとするのも駄目だからね。言葉と行動で誠意を示して謝るんだよ?」


「重々承知してます、はい」


 神楽が完全に寝入った頃、運命は蒼太が美羽の件に話を戻してしまったことから、床に正座して説教を受けるはめになっていた。端から見れば、高校生が中学生に叱られているようにしか見えないが、本人達は至って真面目だ。


 蒼太は運命が反省したことを確認して、許しの言葉を発する。許しとは言っても説教の終わりであって、美羽が許さなければ根本的な問題は解決しない。だからこそ、蒼太は最後に念を押す。


「なら、もういいよ。でも、もしそれでも同じことを繰り返したら……」


「繰り返したら?」


「さて、どうなるかなぁ」


 蒼太は聞き返してくる運命に、黒い笑みを浮かべる。普段、明るい印象を受ける蒼太のそれは、普通よりも怖い。その対象足る運命は、背筋が凍るような寒気を感じた。無意識なのだろうが、顔色も悪く小刻みに頷いている。


 そんな中で、蒼太はまた悪い笑みを浮かべる。何かしようとしていることは明らかだ。そして、蒼太は笑みを浮かべたままそれを告げた。


「ふふん、反省してくれて何よりだよ。運命義兄さん」


「はい……、ってちょっと待て。何をさり気なく義兄呼ばわりしてんだ。お前に義兄さんとか呼ばれる筋合いはない!」


 壊れた人形のように頷いていた運命。しかし、蒼太の聞き捨てならない発言がエコーのように脳へと届く。運命は有無を言わせないほど急速に、正気を取り戻した。だが、それも頷けるというもの。いきなり、友人から義兄呼ばわりされたのだから。


 運命は人を殺しそうなほどの眼力でもって、蒼太を睨む。だが、蒼太はそれでも笑みを引っ込めず、声を立てて笑う。


「あはは、やだなぁ、冗談だよ。そんな怒らないでよ、運命。そう、今はまだ冗談なんだからさ」


「今はまだって何だ、今はまだって! そのうち、そうなるってことか! 認めない、お兄さんは認めないからな!」


 運命はそう言うも、若干涙目だ。親友と言っても過言ではない者と妹がそう言った関係。そう考えただけでも運命のショックは大きい。これで完全に肯定されてしまえば、運命は一体どうなるのか。


 運命がそんな状態だ。悪ふざけのストッパー役の神楽もいない。次第に蒼太は調子に乗り始め、運命に更なる追い討ちを掛ける。その時の蒼太の顔の何と悪いことか。天使などとは間違っても言えない、ほど遠いものだった。


「大丈夫、心配はいらないよ。そのうち気にならなくなるんだから」


「嫌だ、美羽の相手が蒼太とか絶対に嫌だぁ!」


「うるせぇ! こっちは寝てんだ、静かにしろ!」


 と、その時だ。寝ていた神楽が騒がしさに堪えきれず、血走った目で二人を睨み付け怒鳴る。ある意味、理不尽だ。眠いから静かにしろとは自分の部屋ならともかく、教室でそれは違うだろう。だが、その理不尽さのおかげで蒼太の悪乗りも一時中断となった。さすがはストッパー役である。


 二人は神楽に謝り、寝静まるのを待つ。少しすると、神楽から聞こえてくるのは規則正しい呼吸音だけとなった。


 それを確認した二人は反省も束の間、また言い争いを始めるのだった。


「ほら、運命のせいで神楽が怒ったじゃん」


「お前が気持ち悪いこと言うからだろっ」


「えー、僕は違うよ。美羽ちゃんとは健全なお付き合いをさせてもらってます。義兄さん」


「だから、それをやめろって言ってんだよっ」


「だから、うるせぇっつってんだろうが! ちったぁ、黙れ! こんの、無駄なイケメン&残念なイケメンが!」


 だが、やはり神楽にとってはうるさかったらしい。寝ていた机を叩き、罵倒とともに神楽は勢いよく立ち上がる。その際、椅子が派手な音を立てて倒れた。教室中の視線が一気に集まるが、そんな事は気にしない神楽は怒りのオーラを漂わせ、二人に歩み寄る。ゆっくり、じりじり、と。


 神楽のその歩みに、蒼太はふてくされたような態度を見せる。これからどうなるかも考えていないらしい。それどころか、歩み寄ってくる神楽に対して不満げに口を開く。


「神楽、酷い。自分だって駄目なイケメンとか言われてるくせに。いふぁい、いふぁいぃ」


 しかし、そんな事を言えば標的にされるだけのこと。蒼太は神楽に易々と捕まり、両頬をぐいぐい引っ張られる。その様子に運命は蒼太の傍を離れ避難しようとするが、時すでに遅し。蒼太の頬から片手を外した神楽によって、逃げようとした運命は意図もたやすく確保される。そして、蒼太ともども神楽の制裁を受けることになるのだった。


 その頃、同じ教室の一角では運命達の馬鹿騒ぎに呆れた視線を送る二人の少女がいた。


 一人は麗奈。そして、もう一人が麗奈の親友、天宮あまみや 名花めいかだ。麗奈との付き合いは高校からと短いものの、同性の中では一番の友人だろう。


 名花が特徴として、一つに髪型が基本的に決まっていないと言うことだろう。長ければ一月、短ければ一日かそこらで変わっていることも多い。今回、名花は紺色の長髪を左の一部分だけコーンロウと言う編み込みをして、あとは右側に流している。


 また、編み込みがされた左側から見える耳には光るものが。髪と合わせたのか、紺色の小さな石を使ったピアスだ。


 顔立ちもメイクが施されてはいるが、素のままでも十分美少女と言えるものだろう。瞳の色もまた薄い紺色のようでありながら、光の当たり具合によっては瑠璃色にも見える。また、目つきこそキツい印象を与えるものの、名花はそれさえ強気な少女の醸し出す色香に変えている。グロスを軽く塗った形のいい唇は、その名花の色香を更に引き立てているようだった。


 椅子に座り、制服の上からと言うこともあって、体型こそ分かり難いが、麗奈に引けを取っているようには見えない。それどころか、胸囲の部分においては麗奈より確実に勝っているだろう。と言うか、その部分において麗奈に負ける者がいるとも思えないが。


 それはそれとして、運命達を麗奈とともに眺めていた名花だったが、ただ見ていることにも飽きたのか、視線はそのままに呆れた物言いでこぼす。


「まーたやってるよ、あの馬鹿達。教室なんだから、もう少し大人しく出来ないのかなぁ」


「今更でしょ。去年も、て言うより中学の時からあんなんだったし」


「おっ、さすが麗奈。よく知ってるね」


「まぁ、三人とも付き合いだけは長いから」


 それを麗奈は名花同様の態度で返答した。運命達とは名花よりも付き合いが長い故に、その言葉にはどこか重みがあった。そんなものに重みがあっても困るのだが、それはそれ。本人には大事なことなのだろう。


 名花は麗奈のその発言に、面白い玩具を見つけた時のような笑みを浮かべる。どこか蒼太の黒い笑みにも似ているが、似て非なるものだ。名花の場合は小悪魔と言ったところだろう。それが良いか悪いかは別として。


「で、本命は?」


「本命? 何のよ」


 小悪魔と化した名花が麗奈に顔を急接近させ、麗奈の心を探ろうとする。だが、麗奈は質問の意味を理解していなかった。それどころか、意味の分からない質問に麗奈は訝しんでしまう。しかし、そこで諦めないのが名花だ。今度はもっと直接的に麗奈を攻める。


「またまたぁ、分かってるくせに。恋人候補の本命! いるんでしょ?」


「はぁ? ないない、それはない」


「えー、でも内面はともかく外見は最高だよ? 居ないの?」


 そうして直接的に尋ねれば、麗奈は否定の言葉しか返してこない。おかしい、と名花は近付けていた顔を元の位置に戻し、首を傾げる。名花としてはこの一年ちょっと麗奈を見てきて、間違いなく三人のうちの誰かはそうだ、と踏んでいたのだ。


 ちらり、と名花は麗奈の様子を窺う。しかし、どう見ても動揺はしていないものの、視線は三人の方を向いて離さない。


 これはカマを掛けてみるしかない。そう考えた名花は、余所見をしている麗奈へと不意打ち紛いに一人一人の名を呼んでいく。麗奈に口を挟まれない程の速さで。


「うーん、神楽? は違うか。蒼太? こっちも違うと。なら、まさかの運命!?」


 運命の名前が出た瞬間だった。ぴくっ、と麗奈の肩が揺れる。その反応は、僅かな仕草も見逃さないようにしていなければ、まず気付けなかっただろう。名花もぎりぎりだったはずだ。


 だが、名花はそれを指摘するにあたり、誇張を交える。その方が麗奈も動揺してボロを出すはず、と。


「あ、今明らかに反応した! へぇ、運命かぁ。ダサい眼鏡してるけど、確かに二人と比べても一線を画した美形だもんねぇ」


「だから、違うって……」


 そして、それは物の見事に成功した。いや、予想以上の結果を生んだと言うべきか。麗奈の顔は見る見るうちに赤く染まり、無意識なのだろうが、挙動不審に陥ってしまっていた。


 名花はもう内心笑いが止まらない。何この可愛い生き物、全力で弄り倒したい、と。だが、その一方で名花は、麗奈が異性にそこまで熱を上げていることに驚きを覚えていた。付き合いこそ短いが、名花にとっても麗奈は何でも話せる掛け値なしに大事な友人だ。その友人が自分にまで秘密にしていたことには、少しばかり思うところもあったらしい。


 これは是が非でも弄り倒す、もとい話し合いをしなければ、と名花は意気込む。


「ほほぅ、顔が赤面するくらいには好き、と。そう言えば、昨日のS&Gでも小声で何か話してたもんねぇ。まさか、愛を囁きあってたとか?」


「っ、違うって言ってるでしょ。この話はお終い! もうホームルーム始まるんだから、自分の席に戻ってよ」


 だが、麗奈もこれ以上は易々と折れることもなく、話を無理矢理終わらせに掛かる。とは言え、赤面したその顔では説得力は無く、裏返った声では言葉に力も無い。ただ単に、付け入る隙を与えるだけだ。


 名花もその隙に付け入ろうと考えていたが、急遽考えを改めた。別段、麗奈を気遣ったわけではない。ただ、じわりじわりと少しずつ追い詰めていった方が楽しそうかな、と考え直しただけだ。


「はいはい、麗奈は初だねぇ」


 哀れ、麗奈。一思いに白状させられていれば、まだ救いもあったと言うのに。と言うか、自分から攻めるのは良くて、他人から攻められるのは駄目とはどうなのだろうか。


 名花が自分の席に戻ったあと、麗奈は火照った顔を隠すためか机に俯せになる。次いで、自分に問い掛けるようにぽつりと呟いた。


「はぁ、ホント何であんな馬鹿なんかを……」


 それに答える声は無く、代わりに聞こえてくるのは、じゃれ合う三人の楽しげな声だけだった。


 ◇


 ホームルームとは。


 ホームルーム、それは学業の始まりを知らせる時間。


 ホームルーム、それは教師が連絡事項を生徒達に伝える場。


 ホームルーム、それは担任の資質を知る機会。


 これは二年A組、運命が所属するクラスもまた同じだ。同じはずなのだが……。


「よぉーし、全員出席しているな! では、ホームルームを始める! まずは重要な連絡からだ!」


 教壇に立ち、男勝りな口調をする女性がいた。言わずもがな、このクラスの担任だ。手入れの行き届いた黒髪は肩の下辺りまでの長さで維持され、少しばかりウェーブが掛かっている。また、男勝りな口調とも合致する顔立ちは、黒茶色の瞳に鋭い目つき、鋭い八重歯が光る口元。鼻筋も綺麗に通っていて、眉は太くもなく細くもない中間だが、長さは目尻よりもある。


 体型も女性にしては身長が高く、百七十前半はあるだろう。何より、その身体付きはスラッとしたスレンダーなもので、黒のスタイリッシュなスーツやエナメルの黒いパンプスとよく合う。二つほどボタンの開けられた白のブラウスは大人の女性ならではの色香も醸し出している。ただ、この女性の印象は色香よりも活発で勝ち気と言った方がいいだろう。


 彼女の名は如月きさらぎ 冬花とうか。教員歴二年目にして、A組の担任も一年目から任されている比較的優秀な若手だ。そう、比較的。


 先に言っておくが、冬花は良い教師なのだ。生徒の悩みや相談事にも親身になって聞く上に、一緒に解決策も模索する。生徒が挫けそうになったり助けを求めてくれば、必ず支えてやるし助け起こす。もう一度言うが、冬花は良い教師だ。ただ、一つの欠点を除いてはと言う注釈が付いてしまうが。


 冬花が名簿と生徒の数を確認し終える中、一人の眼鏡を掛けた生徒が緩い雰囲気を纏って手を挙げた。一応言っておくが、運命ではない。


 その生徒は緩い雰囲気をそのままに、冬花に告げる。


「如月先生ー、山田と田中の二人がまだ来てないだけど」


「大丈夫だ、私の目では居ることなっている。そんな奴らより重要な連絡だ」


 だがしかし、冬花は頷くだけ頷いてそれをあっさり切り捨てた。まるっきり興味なしとばかりに、その生徒から視線を教室全体に移す。


 その生徒もそうなる事は分かっていた。だからこそ、緩い雰囲気で言ったのだ。いつもなら、これだけでこの生徒も諦める。ただ、それでも今回は、いや、今年こそは冬花に担任としてまともになってもらおうと、食い下がった。


「いやー、それは教師として駄目だからね。如月先生ー、今年こそはまともに担任やろうよ。どうせ連絡事項って言ってもー、またS&Gの話題っしょ?」


「まったく、委員長は細かいな。この学園の校風は自由だと言うのに……」


「自由は自由でもー、如月先生のは悪い意味で自由奔放なだけだし。てかー、委員長じゃないし。明らかに眼鏡だよねー、眼鏡だから委員長って言ったんだよね? 眼鏡なら他にもいるしー、何よりこのクラスの委員長は霧島さんだから」


「さて、委員長の独り言は置いておくとして、昨日は素晴らしい事があった。S&Gの事なんだがな、月例イベントのVR版S&G大会でフェイト様が優勝を果たしたんだ。素晴らしいだろう? 最高だろう? 私は涙を流してしまったよ」


 そう、もうお分かりだろう。冬花の欠点、それはS&Gにおけるフェイトの熱狂的なファンだということを。


 しかし、それだけならば、まだ生徒達も許容出来た。出来たのだが、最早、冬花のそれは盲目的且つ熱狂的な狂信者としか言えない。去年から担任の変わらないこのクラスでは、冬花から語られるそれはすでに拷問に等しいものがあった。


 生徒達は堪え忍ぶ。これさえなければ最高の担任なのに、という思いとともに。


 そして、遂にその生徒の抗議など意にも介さないほどの勢いで、冬花はフェイトの素晴らしさを余すことなく語り始めるのだった。


「ファンとして、これほど幸せなことはない。それで試合後にフェイト様に握手を求めたんだかな、無視されたんだ。だが、その時の流し目ときたら、もう――――」


 その生徒の抗議を強引に流した冬花は、このあとも延々とフェイトこと運命の素晴らしさを、ホームルームが終わるその時まで生徒達に語るのだった。


 当の本人が目の前に居るとは知らずに。当の本人が、何の羞恥プレイだ、と未だ悶え苦しんでいるとも知らずに。


 何より、その周囲で運命がフェイトだと知っている者達が、その羞恥プレイに腹が捩れる思いをしていることを、彼女は知らない。


 語られ続ける。彼女が担任であり続ける限り。延々と。



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