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ヴァラヒア  作者: 誰か
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第五話

 昔の自分と同じ眼をした転校生の登場に沸き立つ教室内。

 その理由の一つには彼女が見目麗しいということも上げられるかもしれない。


「はーい、じゃあ自己紹介してくださいね」


 担任の言葉に答えることもせず彼女はただそこにいた。

 沸き立つ歓声は沈黙に。一言も喋ろうとはしない彼女に困った様子の担任。


「えーっと…。自己紹介…」


 再度接触を試みる担任。

 しかし、彼女は何も答えようとはしない。その眼はひたすらに死んでいて、昔の自分と深く重なる。

 教室を気まずい沈黙が支配していた。


「じゃっ、じゃあ、血分ちわけさんの席はあそこです」


 沈黙に耐え切れずに担任が席を指差す。

 彼女は無言のまま黒板の前から席へと移動した。

 その様はまさに、幽霊が歩いているんじゃないかというほどに静かで、ひたすらに無音だった。


「後は自習でお願いしまーす」


 転校生の名前を紹介することも忘れ担任はそそくさと教室を出て行った。

――というかあれは逃げたな。

 クラスの人間は真面目に自習―――などするわけもなく、注目は転校生血分の元へ。

 さまざまな質問が飛び交うが血分は答えようとはしない。


「こんな時期に転校なんて何があったんだろうねー?」


 後ろの席のミラが話しかけてくる。


「どうみても外から来てるだろあれ」


「えー? どうしてそう思うの?」


 どうして見て分からないんだと思ったが、元々ここに来た時に悩みすら持っていなかったミラにはあの感情が理解出来ないのだろう。


「まあ、勘だ勘」


「なにそれ、よくわかんない」


「分かんないなら分かんなくていいんだよ」


 不満そうな顔をするミラ。

 昔は俺より精神的に上だと思っていたが、最近は只の能天気娘なんじゃないかと思ってきた。

 次第に血分を囲む人だかりは消えていく。誰一人として彼女の声を聞く事はかなわないまま。

 自習も終わり、次の授業の為に生徒たちは慌ただしく準備を始める。

 次々と教室から消えていく生徒、それでも血分は依然そこに佇んでいた。


「次は体育だから、着替えてグラウンドに来いよ」


 俺は取り残された血分に声をかけるが返答は無い。


「気持ちが暗くなるのは分かるが、もう少し愛想良くしろよ。じゃあな」


 そう言って俺は血分の前を立ち去った。


「……あなたたち何かに私の気持ちなんて分かる訳ない…」


 ぼそりと呟いたその言葉はどこまでも冷たく、俺の耳に残った。


 結局血分は体育に出ることもなく教室に戻ると消えていた。先生によれば早退したらしい。

 クラスの中では早くも鉄仮面なんて渾名をつける馬鹿もいたが、定着することはないだろう。


放課後


 教室内は放課後ということもあって人影はまばらだ。

 夕暮れが差込みとてもまぶしい。


「あー、今日は散々だったな。転校生の顔も拝めなかったし」


「全くです」


「お前らは自業自得だろ…」


 ゴリラに絞られた馬鹿共がうめく。

 実際、血分の顔を見れなかったのは自業自得以外のなにものでもない。


「さて、これからどうする?」


「そうですね…。黒木は見失ってしまいましたし…」


 黒木はチャイムが鳴ると同時に姿を消した。

 恐らく昨日のような事態を起こさないためだろう。賢明な判断だ。


「俺は帰るぞ。バイトがあるからな」


「そういえば、お前バイトしてたな」


「どこでしたっけ?」


「近くの弁当屋のコスモだよ」


「なるほど、つまり今日はそこに凸りに行けばいいわけだな」


「いいですね」


「来たら不審者として通報すんぞ」


 こいつらが客として来たら確実に邪魔にしかならないだろう。お世話になってるバイト先だけに迷惑はかけられない。


「しょうがないから俺も帰るか」


「ですね。ミラも帰ったみたいですし」


 ミラは今日は用があるらしく一足先に帰っていった。

 俺は二人と校門の前で別れを告げ、バイト先へと向かった。


弁当屋コスモ


 学校から歩いて数分のところに弁当屋コスモはある。

 外装はごく普通の弁当屋といった感じで、特別目立ったところはない。店の前には数本の、のぼり旗が乱雑に配置されている。

 いつものように従業員用の通路から中に入ると、ふくよかな身体つきの店長がカウンターに立っていた。


「ちわっす」


「おっ、来てくれたね。今日も頼むよ」


 店長に挨拶をしてエプロンをつける。

 このバイトの作業自体は比較的単純なので、難しいことはない。高校生で何の職歴もない俺を雇ってくれる良心的な店だ。

 最初はレジしかやらせて貰えなかったが店長の指導もあり、料理も多少は出来るようになった。

 余った弁当やおにぎりもくれるしで、店長には頭が下がる思いだ。

 コスモ自体の評判はよく客が次々とやってくる。

 注文が入るたびに店長からオーダーが聞こえ、俺は慣れた手つきでそれをこなしていく。


 夢中で客を捌いていると知らないうちに閉店時間の21時になった。

 もう客の気配は店内に無く、蛍光灯がさびしく店内を照らしている。


「お疲れ。そろそろ閉めるか」


「そうっすね。俺店の前閉めてきます」


 エプロンを着けたまま店を出る。

 外はもう暗く、街の中心部の明かりが際立って見えた。

 のぼり旗を片付けていると暗闇から人影がこちらに近づいてくる。

 それは西洋風の顔立ちをした老人だった。衣装を着ればサンタクロースになれると思うくらいに白い髭を蓄えた老人。


「まだ開いてるかな?」


 流暢な日本語で老人は俺に尋ねる。


「ええ、やってますよ」


「そうか、ありがとう」


 俺がそう答えると、老人は店へと入っていった。

 ヴァラヒアでは、多様な民族が集まり言語統一がなされていないため最低でも2~3カ国語は喋れないと仕事は厳しい。

 それは俺がバイトをここに決めた理由の一つでもある。自慢じゃないが、頭のあまりよろしくない俺は日本語しか喋れないのだ。ここのバイトであれば来るのは日本人ばかりなので、日本語だけでもとりあえずやっていける。

 老人に話しかけられたときは少し戸惑ったが、日本語で助かった。

 老人はごく普通にから揚げ弁当を買っていき、店を出て行った。

 店の前を閉め、厨房の片づけに取り掛かる。

 全てが終わったときには時刻は22時を回っていた。


「遅くまで付き合わせて悪いね」


「そんな事はないですよ」


「じゃあ、ほい。今日の余り」


店長はおにぎりを目の前に差し出す。


「いつも、ありがとうございます」


「しっかり食べなよ。成長期なんだからさ」


「本当いつも助かってますよ。では」


 店長に礼を言ってコスモから家へと帰った。


自宅


 誰もいない家に帰り、電気をつける。

 無愛想に主を迎える室内。

 部屋の中は、自分でも寂しいと感じるくらいに、必要なもの以外は置いていない。

 そんなところにまで金を使えないというのが実情だが。

 カバンを無造作に放り投げ、ベッドへと身体を投げ出した。寝転びながらポケットからケータイを取り出す。こういう暇な時間はネットするに限る。

 ☆マークの付いたお気に入りから、一つのサイトを選ぶ。開かれたのはそこそこ有名なSNSサイト。

 俺はwhiteという名前で登録している。

 ログインし誰か知ってる人はいないかと、コミュ二ティを巡る。

 友人専用コミュ二ティには見知った名前が、昼からこの時間になるまで独りごとを呟いていた。


学生ニート「働きたくない動きたくない。」

white「あれっ、学ニーさん働いてましたっけ?ww」

学生ニート「おっ、白さんじゃないかー。おひさー」

white「おひさです。昼間っからなに憂鬱に呟いてるんですか?」

学生ニート「もー、めんどすぎて動きたくないなーって」

white「あれ、ニートなんだから元々動いてないじゃないですかww」

学生ニート「ニートじゃない! 学生でありながらニートのような生活をしてるだけだ! (`・ω・´)キリッ」

white「それは一般的にニートっていうんじゃ…」

学生ニート「(´;ω;`)目から汗が出てきたお…」

white「さーせんしたwwなんという豆腐メンタル」

学生ニート「豆腐メンタルじゃない。ガラスのハートと言え」

white「たいして変わんないじゃんとか、ツッコミませんよ、ええツッコミません」

学生ニート「寂しいとウサギは死んじゃうんだぞ」

white「それ嘘らしいですよ」

学生ニート「mjd?」


 他愛の無い話。俺が敬語なのは一応ネチケットというやつだ。

 学生ニートさんもヴァラヒア住みらしく、気が向いたらこうやって喋っている。


学生ニート「そろそろ、見るアニメがあるから落ちるお」

white「そうですか、じゃあまたです」

学生ニート「ノシ」

white「ノシ」


 ケータイに表示された時計を見ると、後数分で明日になりそうだ。

 しかし、こんな時間に寝れそうにはない。しょうがなくテレビをつける。

 最初に表示されたのは、どうでもいい政治について語り合うつまらない番組だ。

 人間とよりよい関係を築くべきだとか、もっと現状を改善すべきだなどと言い合っている。

 実にどうでもいい話だ。どちらにせよ、あっちのヴァンパイアに対する偏見を改善するほうが先だろうに。

 その後何度もチャンネルを回したが、深夜ということもあり見るものはなかった。

 こうなるとPCにはしるか。

 テレビを消す直前左上に表示された時刻は11:59分と表示されていた。


 そしてその時は訪れる。

 秒針はゆっくりとした調子で回り、ついに12の数字の上を通過した。


 竜也がPCの前に座ったとき強烈な違和感を感じた。


(なんだ?)


 頭が痛い。何かが頭の中に流れ込んでくる。ガンガンと頭を殴られているような感覚。


(…しろ。……。…共を……せ)


 音が、声が、映像がぼんやりと頭に浮かぶ。

 頭が割れそうになる。


(……覚ませ)


 声が響く。

 流れ込むものは留まることを知ないかのように、止むことはない。まるで拷問を受けているようだ。

 しかし、竜也にはなぜか見覚えも聞き覚えもある気がしていた。


(……覚ませ。お前たちの力はこんなものじゃない)


 声が強くはっきりと聞こえるようになるに連れて、頭痛が酷くなる。


(これから、我らの時代をはじめるのだ)


 もう座ることすらも許されない。

 身体を床に投げ出す。


「ア゛゛ア゛アァ」


 悲痛な叫びが誰もいない室内に響くが、その声が誰かに届くことはない。

 頭痛は最高潮に達する。意識を保つのも困難なほどだ。


(私は「ロード」お前たちの祖であり王だ。私についてこい、復讐を始めるぞ)


 最後の声はもっともはっきりと聞こえ、竜也はここで意識を手放した。





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