第二話
「ヴァンパイア」
そんな言葉は夢物語に過ぎなかった――のは今は昔の話。
50年ほど前一部の人間が突如人の血を吸うようになった。そして血を吸われた人間は同じようになってしまう。
彼らに共通していたのは不自然にとがった2本の歯と赤い眼。それと、人間よりも強い肉体。
それらの特徴から、ファンタジーに出てくる怪物「ヴァンパイア」と呼ばれるようになった。
物語と違ったのは、魔法なんて不可思議なモノを使わず、不老不死でもなく、にんにくも十字架も苦手ではないという事か。
「ヴァンパイア」は徐々に勢力を増やし、その数はゆうに10万を超えた。
不思議な事に彼らは同族の血を飲む事はしなかった。吸うのは人間の血だけ。
当然人間たちも黙ってはおらず、見つけたらすぐに殺すというのが常識になっていった。
「ヴァンパイア」といっても吸血衝動に駆られている時以外は丸っきり普通の人間であり、争いを好まない彼らは無抵抗で殺されていった。
そんな状況が続いていたある日、一人の人間が言った。
「彼らは姿こそ少し違えど人間です。そんな彼らを無差別で殺して良いのですか? 彼らが人殺しをしましたか?」
この言葉は始めこそ反応が小さかったものの徐々に世界へと広まった。
彼らは確かに誰も殺してはいないのだ。
これを境に人間の中でも二つの派閥に分かれるようになった。
共生していこうとする思想と根絶やしにしようとする思想。
日増しに共生派は勢力を強め、数を増していった。
しかし共生にも問題はあった。「ヴァンパイア」になる事への忌避感。普段は大人しくてもいつ吸血衝動に駆られるかは分からない恐怖。
そこで一つの案が出された。
島を一つ作ってそこに「ヴァンパイア」を全員移住させる。
最初は共生ではない等の反対意見もあったが、他に案もなく決定した。
そして今から30年前「ヴァンパイア」たちの島ヴァラヒアが出来あがった。
「ヴァンパイア」たちも殺されないなら喜んで、といった感じで移住は思いのほかスムーズに進んだ。
今でも世界には移住に従わなかったはぐれものたちがいるが、その数は年々減少傾向にある。
未だに人間たちの中では忌み嫌う者も多いが、殺すのが当たり前という風潮はなくなり、見つけたら通報しヴァラヒア送りというなんともペットやら犯罪者だか分からない対応がすっかり浸透している。
俺たちはペットか犯罪者かよ。
教科書としてこの書き方は良いのか?
虚ろ目でページを捲りながら頭に詰め込む。
歴史はどうにも覚えられない。ヴァンパイアの歴史なんて何に必要なのか。
絶対将来要らない知識だと思う。だが、詰め込まねば小テストで死亡することは明白だ。
自宅に戻った俺は一人歴史の勉強をしている。
原因はゴリラが授業の始めに言い放った一言。
「お前らぁ、明日小テストすっからな。まあいないとは思うが、もし赤点なんてとるやつがいたら今週の土日は休み返上で補習だから」
ゴリラと土日も顔合わせて補習なんて冗談じゃない。
あんな奴の顔を見るのは年に一回でも多いくらいだ。
今頃授業の始めにいなかったあの馬鹿三人は、のんきにだらけた生活を送っているのだろう。
土日に地獄を見るがいい。内心ほくそ笑んだ。
一通り内容を詰め込んだ俺は、教科書を放り投げ、明日の為に目覚ましをセットする。
朝に弱すぎる俺は目覚ましを5台セットし寝床に――は向かわず、PCを立ち上げる。
やはり最後はネットサーフィンしながら寝落ちするのが、良い就寝法だ。
無駄に夜に強いのでこうでもしないと寝られない。いつも通りの手順でお気に入りから掲示板を見る。
ネットはヴァンパイアと普通の人間が交われる場所だ。並んでいるのは相も変わらずクソスレや定期スレばかり。ときたまゴシップも混ざっている。
ヴァンパイアだけど質問ある?(666)
(ドラキュラと呼んじゃ)いかんのか?(280)
ヴァンパイア改札にはさまれ死亡(47)
実はあのアイドルははぐれヴァンパイアだった?(901)
このヴァンパイアクッソ吹いたwwww(778)
とりあえず上から2番目にはいかんでしょと書きこんでおいた。
違いはよく分からないが、何となく。
下に掘り進めていくが、興味をそそるタイトルはない。
画面の右端に表示された時計を見ると既に日付が変わっていた。
寝れるまで適当にサイト巡りでもするか。
そう思いページをトップに戻そうとした時――一つのスレッドが一番上に追加された。
ヴァンパイア全員に告ぐ? 興味本位でクリックしてみる。
「高貴なるヴァンパイアの諸君よ明日の午前0時より、諸君らの力を解放する。今こそ人間を打倒する時だ」
開いた事を後悔する程の厨二臭い文章だ。こういうのは適当に返しておこう。
「厨二乙wwww」っと。
コメントして掲示板に戻ると既に何人かが同じような反応を返していた。
暫く眺めていたがスレ主は最初以降現れず、俺は気付いたら寝てしまっていた。
さて、これを何人が信じたかな?
大抵は信じていないのだと思うと、その愚かさに笑みを浮かべてしまう。
ついにこれだけの同胞が集まったのだ。この時をどれほど待った事か。
一人でも多く「ドラキュラ」に覚醒して貰いたいが、出来そこないばかりでもこれだけいれば十分な戦力だ。争いを好まない腑抜けた馬鹿共ばかりだろうが、操ってしまえばいい。
まずは力の解放からだ。
これから始まる事を考えると笑いが止まらない。
さあ、復讐を始めよう―――
おっと、とりあえずこのスレにはいかんでしょと書きこまねばな。