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ギレイの旅  作者: 千夜
3章
88/561

氷の谷7

 中には早くに到着した研究者が何名かと、それを見張るコルロが入っているはずだ。

 なのに、獅子を発見したという報告はない。

「かち合って潰し合いとかにならなきゃいいけど」

 言いながら、少し歩いて、ずらりと並んだ青く光る人型を見つける。

「ギレイ、どうした」

 コルロが、ファイル化されたリストとペンを持って寄ってきた。周りにいるのは各時代に詳しい専門家だ。

「今、半分は時代が判明したとこだ。元に戻すにはまだ時間かかっちまうが、説明してからのがいいんだろ?」

「うん。声は聞こえているはずだから。わかってもらえるといいんだけど」

 ごめんね、と儀礼は近くにいた人型に謝る。

 別に、儀礼が悪いわけではないのだが、数百年という時を動くこともできずに過ごしてきたとは、どれほどだろうと思うと時間をかけるのが申し訳ない気がしてしまう。


「そうだ、コルロさん。獅子を見なかった?」

 見てれば報告してくれるだろうから見てないんだろうけど、遺跡の中にはいるはずなのだ。

「見てないなぁ。操作室手前の部屋に黒獅子が倒したって言う男共は倒れてたけどな。自警団に引き渡したからそのうち国から迎えが来るだろう」

 ファイルに書き込みを続けながらコルロが答えた。

「そっか。わかった。ややこしくなる前に見つけておきたいんだけど。それじゃ、引き続き頼むね」

「ああ」

 白熱した議論を始めている研究者達に後にしろと叱りつけてコルロは作業を再開させた。


 コルロたちが見ていないのならば、獅子はどこに消えたのか。

 考えながらも歩き、とりあえず儀礼はたどり着いた氷付けを戻す部屋へと入る。扉付近の壁をこじ開け、中の機械を少しいじる。

 これで、霧を出していた亀裂から、今度はこちらのガスを放出できるはずだ。

 次は、霧の方を止めなくてはならない。儀礼はさらに奥に進む。


 この遺跡には出入り口が二つある。

 一つは操作室に繋がる正規の入り口。二つ目は愚か者たちが作った抜け穴。

 儀礼は抜け穴から入ってきたし、出入り口には人を立たせてある。通ったなら見つからないわけがないのに。

「あ、もう一つあったか」

 その場所を通って、儀礼はようやく思い至った。

 壁が薄く光り、歩くのに困難は感じない。その先にはあの霧を作り出し、溜めておくタンクのような部屋。

 この通路は天井がとても高い、万が一霧が噴出しても上方へ逃がすためかもしれない。

 そして、この天井のどこかに獅子が地上から落ちた穴があるはずだ。


「獅子ーっ!」

 とりあえず、大きな声で呼んでみる。返事よりも早く、怒りの気配が儀礼の肌を焼いた。

 気配をたどるなら、数十メートル上の方だ。

「登ったのか、この壁を」

 掴まるようなごつごつとした岩も突起もない。薄暗く、上方は完全に闇の中だ。アーデスの話では地上まで100m程あるらしい。

 そこから落ちて無事な二人は、本当に人間なんだろうかと、疑ってしまう。


 上方で、何かが光った。それは段々と近付いてきて、剣の形だとわかったときには、凄まじい衝撃波が儀礼の体を襲った。

「うわっ」

 ズズズッと体が風に押されて後退する。

「てめぇ、さっきはよくもやってくれたな」

 数十メートル上から飛び降りてきたと思われる少年はそう言うと同時に、足音もなく着地していた。

 恐ろしい怒気に儀礼は体を硬直させる。

「な、何をだよ」

 泣きそうになりながらも儀礼は言い返す。

「俺だけ地上に帰そうとしただろう」

 剣を背中に収め、儀礼へと歩み寄る。

 じりじりと焼ける肌が恐ろしい。儀礼は両の拳を握り締める。

「それをやったのは、獅子だろ」

 強気で言っているつもりだが、その声は震えている。

「俺は今見たとおり、無傷で降りられたぜ」


 怒っている。見るからに、怒っている。明らかに怒っている。

 一歩近付くたびにそのことが重々わかる。

 パシンッ

 殴りかかったのは儀礼の拳だった。それを獅子は手のひらで受け止める。

「傷だらけじゃないか」

 涙声の儀礼がさらに拳に力を入れる。

 チクリと、手のひらに違和感を感じれば、獅子の体は力を失いがくりとその場に崩れる。

「てめっ」

 獅子が怒るのを儀礼は堪える。

(こわいさ。怖いよ。でも、今はだめだ。動け、体)

「見ればわかんだよ。何だよその怪我。何でそんなんでこんなとこ登るなんて無茶すんだよ。どれくらい時間経ってると思ってんだ? 血が止まってないじゃないかっ」

 薄暗い中に、黒いしみの水溜りができている。そこでずっと登り続けたのだろう。

「君は、本当に馬鹿だ」

 言いながら、猛スピードで傷の手当を始める。消毒して、血を止め、傷口を縫う。

 一、二、三。ひどい裂傷はそれ位。応急処置でしかない。ひびの入ってる骨は儀礼では直せない。でも地上にいるヤンかウィンリードに頼めばすぐに治してもらえる。

 ヤンは防衛で忙しいはずだ、ウィンリードに手が空いてるか聞き、地下へ来てくれるよう頼む。

「治してもらえるまでおとなしくしてろよ。痛みがないのは薬のせいだからな」

 そう言って、儀礼は立ち上がる。獅子からの怒りはもう収まっていた。

「利香ちゃんたちは大丈夫だから。今から霧を止めてくる。そしたら、元に戻れるから。安心して待ってて」

 儀礼は奥の部屋へ向かう。扉の前で小さなスイッチのカバーを外し、その裏側を操作する。

 そう時間もかからずに、ウィンリードが来て、儀礼も作業を終えた。


 治療を終え、薬の切れた獅子と共に正規の入り口から儀礼は出る。

 抜け穴からの方が利香達に近いのだが、一度こっちの道も見てみたかっただけの儀礼のわがままだ。

 ぐるりと道を回って、車がある場所へと戻ってきた。


「了様っ!」

 泣きそうな声で利香が獅子に駆け寄り、そのまま抱きつく。

「怖かったです。もう、戻れないのかと」

 そのまま、泣き出すのを獅子は宥める。

「よかった。いつもどおりで」

 儀礼は安堵する。パニックを起こしたり、放心状態であってもおかしくないと思っていた。

 地下で眠っていた者たちはおそらく……。


「おせーよ、儀礼。何してやがった」

 えらそうな声が背後から聞こえる。怒りの気配に儀礼は体を固めた。

「俺らがあんな目にあってたって言うのに、お前は、次から次に女といちゃつきやがって。何が命かけて守るだ。女に守られてんじゃねーよ」

 ワルツの話しを聞いていたらしい。儀礼は冷や汗を流す。

 ギギギッと音が鳴りそうな動きで振り返れば、いつも通りの拓の表情。

 思ったほどには怒っていないらしい。と、言うよりも。

「えっと、そちらは」

 二人の少女が、拓のそれぞれの腕にしがみついて泣いている。女と仲良くしてたのはどちらだと言いたい。

「知り合いだ。子守りを頼まれてたんだが。かえって申し訳ないことをした」

 子守りと拓は言うが、一人は利香よりも年上だろう。その少女の後ろには、弟らしき少年が涙を堪えてしがみついている。

 なんだろうか、この光景は。

「あのさ、とりあえず、座って話さないか?」

 儀礼は収拾のつかない状態に提案した。


 場所が欲しくて案内されたのは、近くの町の管理局の一番上等な部屋。

「結局、こういう所になるのか」

 儀礼はため息をつく。まだ仕事が大量に残っているために氷の谷を離れられないと思っていたのに、この部屋にいるなら、連絡も取れるし、拠点にできるとむしろ押し込まれた感じだ。


 拓の連れていた二人の少女は慣れている様子で立っている給仕に飲み物を頼んでいる。

 身分の高い方々なのだろう。身の置き場にも困っている儀礼はぎこちなく視線を逸らす。

 備え付けられたモニターに皆からの報告が逐一表示される。

 それを眺めながら、儀礼は話に戻る。その手元には利香の護衛機があり、調整と修理に忙しく工具が動いている。

「お前、やるならどれか一つにしろよ」

 拓が呆れている。

「仕方ないだろ、モニターは離せないし、君らの事情も聞かなきゃ。これは……。はい、もう直ったよ」

 儀礼は護衛機を利香に渡す。

「バッテリーは日が昇らなきゃ充電されないからまだ動かないけど、朝になれば大丈夫。通信機能をつけたから、今度何かあったら呼んで。あ、まだそっちからしか呼べないんだけどさ」

 ちょっと戸惑って、でも微笑んで言えば、利香が安心したように笑う。

 その横には獅子が珍しくうとうとと座ったまま眠っている。出血が多すぎたせいで軽い貧血を起こしているのだろう。

 自業自得だ、と儀礼は思う。


「それ、お兄さんのなのか?」

 一人部屋を見回していた少年が儀礼に近寄ってくる。

 茶色い髪、茶色い瞳。一般的な容姿のドルエド人だ。年は12、3歳位だろうか。

「ううん。僕が作ったけど、利香ちゃんにあげたんだ」

 言えば、少年が儀礼の前で頭を下げる。

「ありがとう。そいつのおかげで、姉さん達はあいつらに連れて行かれないで済んだ」

 少年が顔を上げて涙を拭いた。儀礼とは違う。普通なら泣くような年齢ではない。よほど怖い思いをしたのだろう。

「姉さん達には買い手がついたって、あいつら連れて行こうとしたんだんだ。そいつが追っ払ってくれて。あいつら、そいつの動きが止まったの確認して、やっと姉さん達を運べるって言ってた」

 儀礼は護衛機を見る。

「その前にお前たちが来てくれて。本当に助かった」

 少年はもう一度頭を下げる。普段頭を下げる必要もないのだろう、ぎこちない感謝に、儀礼は微笑む。


「よかった。ちゃんと役に立ったんだね。皆を守ってくれたんだ」

 儀礼は利香が持つ護衛機に近付く。それを抱えると、額をつけて目を閉じた。

「ありがとう。僕の大切な人たちを守ってくれて」

 儀礼が言うと、動力の切れたはずの護衛機が一瞬、ランプを光らせた気がした。


「うん。えい君のおかげで助かったの。儀礼君、ありがとう」

 利香が笑って言う。

「えいくん?」

 儀礼が首をかしげる。

「儀礼君の車は愛華でしょ、だから私も名前をつけようと思って。命の恩人だもの」

 利香が護衛機を受け取り、優しく抱きとめる。

「護衛機の『衛』?」

 儀礼が聞けば、利香は首を横に振る。

「ううん。英雄の英で、英君」

 利香が言う。

「英雄……」

 そう、言ってくれるのが嬉しかった。

 儀礼はポケットから筆と魔石の粉を取り出す。素早く調合して黒い色を作り出す。それを筆に含ませ、護衛機を再び預かる。

(役に立たないなんて、思ってごめん! 君はちゃんと守ってくれてた)

 儀礼が護衛機にインプットしたのは利香を守ることだけ。しかし、この機械は他の者も守ってくれたという。それは、機械の力を超えた働き。


 儀礼は知っている。それがどういうものか。儀礼には見えないけれど、力を貸してくれる精霊という存在。

「ありがとう、エイ。はなぶさ。これからも力を貸して」

 儀礼は護衛機の前部分に「英」という文字を書いた。それはシエンの古い文字。

 すぐに、護衛機に吸い込まれるようにその字は消えた。

 また一瞬だけ、そのランプが光ったように見えた。

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