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ギレイの旅  作者: 千夜
3章
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氷の谷4

 深い、闇の中に落ちた獅子。落下が続き、地の底まで続くのではとさえ思えた。

 しかし、持っていた剣が突如光りだす。

 周りが見えればそこは広い空間で、地面はもうすぐ側に見えていた。

 剣に闘気を送り込むと強い光を放つ、剣を払う衝撃波で着地を緩やかにする。

 まるで、剣がそうしろと教えてくれたようだった。すたん、と音も軽く獅子は地面に両足を着いた。

「儀礼のやろう、後で覚えとけよ」

 獅子がワイヤーを切らなければ儀礼は自分の袖からワイヤーを切り落としていたことだろう。


 二人で霧を避け跳んだ時、滞空時間の差から儀礼が先に着地した。その時、地面はなんの変化も見せなかった。獅子が足を着いた瞬間に耐え切れなくなったようにぼろりとなにかが崩れたのを感じた。

 儀礼も気付いただろう。山裾のあのあたりの地盤は二人分もの体重を支えられなくなっていた。

 地上を睨むが明かりらしい物は見えない。

 剣が光を消すと、変わりに洞窟内の壁が光りだしたようだった。地上にあった木々のように淡い青い光を放っている。

 辺りを見回した末、奥の方に人の気配を感じた気がして、獅子は歩き出した。


「うおっ」

 少し歩くと、地上にあったような大量の人型が並べたように置かれていた。

「これだけあると不気味だな」

 獅子は頬を引きつらせる。ぱっと見て、二、三百体の人型がここにある。獅子には詳しくわからないが、見たことの無い服装の者もいる。

「こいつらも、地上のと同じなのか?」

 生きたまま固まると儀礼は言っていた。これも生きているのだろうか。

 獅子は警戒しながらさらに進む。

 突き当たりの壁に扉のような物がある。そっと近寄れば、向こうからかすかに人の声が聞こえる。それも一人や二人ではない。

 獅子は耳を澄ませる。


「それにしても、いい商売だよな。あんな人形が何億って値段で売れるなんてな。ただの人間よりずっといい値段だよ」

「まぁ、確かにきれいなもんだからな。人間に戻しても権利も何も無いから法にもかからない」

 はははは、と複数の笑い声。

「よく、わからないが。とにかく悪い奴らだよな」

 獅子は剣を握ると思い切りよく扉を開けた。


 明かりの灯された広い空間に二十人を超える男達。くつろいでいたのか、酒や食べ物が敷物の上に雑然と置かれている。

 まったく警戒していなかったのか、武器を手元に置いている者は少ない。

「なんだ、お前は?」

 不審がる男たちに獅子はにやりと笑った。

「最後に残った一人に、人間に戻す方法とやら、教えてもらおうか」

 手近にいる男から順に切りかかっていった。

 さすがに、人数が多いために無傷でいると言うのは無理だった。七人、八人と倒していくうちに段々と傷が増えていく。

 相手もただの一般人ではなかったようで、Bランクでも上位の強さがあると言える。隙のある者を先に倒せば、残るのは強い者になっていく。


「ふっ、ふん。強がって乗り込んできたようだが、所詮は子供か。お前、人を殺せないな」

 男の一人が嘲るような笑みを浮かべた。その額には汗が浮いているが。

 確かに、獅子が倒した者は皆気を失っているだけで死ぬほどの傷を負った者はない。

「馬鹿言うな」

 獅子は笑った。

 殺してしまうなら簡単だ加減などする必要ない。魔物相手のように。

 だが、儀礼ならば一人も殺さずに捕らえる。そう思うと獅子は殺すわけにはいかなかった。


『犯罪が起こった時には莫大な被害が嵩むんだ。その損害を一銭も払わずに死ぬなんて許せないね』

 儀礼はそう言う。強がって言ってる詭弁かもしれないが、一理あると獅子は思う。

 ある町の水車を壊した男達に、儀礼は全て直すまでただ働きさせた。怯えたように言うことを聞く男達が忘れられない。


 獅子は闘気を乗せた剣で衝撃波を放てばその男と別の二人が巻き込まれ、壁に打ち付けられる。

 どさりと床に落ちれば重なったまま動かない。その壁には大きくひびが入っていた。

 それを見た男が一人、笑うように言う。

「おい、それでこの遺跡を壊したら、もう人形を人には戻せんぞ。まぁ、俺達には売れればどっちでもいいんだがな」

「なにっ」

 獅子は剣を光らせるのをやめる。

「わかった」

 そう言うと獅子は速度を上げ、その男以外を次々に倒していく。

「ば、ばかな」

 男が驚いたように言う。ここにいるのは、そう簡単に倒される者ではない。それも、こんな子供に。

「誰を残せばいいかわからなかったんだ。お前、知ってる口ぶりだったな。さぁ、教えてもらおうか、人間に戻す方法を」


 ゆっくりと近付いてくる少年に男は震えを覚える。黒い髪に、黒い瞳。黒いマントに、光る剣。

「お、お前まさか、まさかっ。今話題の『黒獅子』か!?」

「さぁ、だったらどうする。素直に教えるか?」

「わ、わかった。教えるっ。Bランクの悪魔倒すような奴に敵うかよっ」

 裏返ったような声で男が言う。

「向こうの右端の部屋に戻したい人形を入れてパネルで解除を選ぶんだ。そうすりゃ人間に戻る。教えたからなっ。俺はもう関係ないぞ!」

 ひっくり返るような声で言い、男がさらに奥の扉へ逃げようとする。

「逃がすかよ」

 一気に走り寄ると獅子は跳び上がり男の頭に蹴りを入れる。バシン、と大きな音をさせ男はひっくり返った。

「で。こいつ何するって言った?」

 獅子は難しい顔をして首を捻った。


 まだ仲間がいるかもしれない、と獅子は奥の扉の中に入る。

 先ほどまでの部屋より狭く、机のような備え付けられた台の上に、薄い金属板が乗り、ボタンや電気がついている。

 そこに鎧をつけ、顔まで覆う兜を被った男が立っていた。

 使い込まれたような傷のある鎧。腰に携える長い剣には美しい装飾が入っている。

 立っているだけなのに隙が無い。扉から入るまで気配を感じなかったのに、見ただけでこの男が強いとわかる。

「お前、何者だ。あいつらの仲間か?」

 剣を構えて獅子は言う。

「ふっ」

 兜の下で男が笑った気がした。

 男の足元が白く光る。一度だけそれと同じ物を見たことがあった。

「待てっ!」

 獅子が言うが、男は何も言わず白い光の中に消えた。

「移転魔法ってやつかよ。くそっ」


 ガン、と壁を叩けばピシと壁に小さなひびが入る。

「やべっ、壊したら利香が戻れねぇんだ」

 冷や汗をかき、獅子は壁をなでる。

 もう、ここには敵もいない様子。

「やっぱ儀礼連れて来るしかないか」

 地上へ出る道を探す獅子だった。

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