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ギレイの旅  作者: 千夜
2章
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若き魔女の実力2

 マップの攻略をその日で終わらせ、アーデスはヤンと共にギルドへと帰って来た。

 共にと言っても、それぞれの移転魔法でだが。

「アーデス様っ、本当にありがとうございました」

 お互いが無事に着いたことを目で確認し、ヤンが丁寧に頭を下げた。

 アーデスは兜を脱ぐ。金色の髪と緑の瞳が現れる。

 ヤンは深々と頭を下げていて、なかなか顔を上げない。

「気にするな。あいつらのためにルートを変えたわけでもない。お前の力で予定より早くクエストが終わってこちらが助かった位だ」

 アーデスが言い、ヤンが頭を上げる。

 アーデスの顔を見てヤンが首をかしげる。

「……あ、あのっ、アーデス様はどこに行ったでしょうか? い、今まで目の前にいたんですけど。兜の背の高い方、知りませんか?」

 泣き出しそうな顔で少女は言った。

「……」

 鎧兜姿をアーデスと認識していたらしい。一度認識すると、応用が利かないタイプなのだろうか。

 そんなヤンにいつしか『若き魔女』という二つ名が付いていた。

 魔女、と呼ばれるにふさわしい技術を持っていながら、あまりに惜しい抜けた部分。


 アーデスは自分の兜を見る。古代遺産のかなり品のいいものだ。十分な魔力耐性があり、物質防御も優れている。

 言って見れば魔力で叩き上げられた防具。

 アーデスは魔法を発動させる。大した魔法ではない。防具に魔力を送り込み耐性をアップさせるためのもの。

 ギルドに帰って来た今使う必要すらない。

 だが、ヤンは目を見開く。アーデスの顔と腕に抱える兜を交互に見比べる。その表情はひどく真剣。

「改めて、アーデスだ。よろしく頼む」

 アーデスが言えば、ヤンは嬉しそうに微笑む。

「アーデス様ですねっ。よろしくおねがいいたしまうっ」

 舌を噛んだらしい。本当に惜しい人材だ。


 アーデスの見解が正しければ、ヤンは魔力で人を認識している。

 人の肌から溢れ出る平常時の魔力を常にその目に捉えていることになる。

 魔力を見る魔法はトラップなどを見破るための一時的な物で効果は長くない。

 それを常に発動した状態。それがヤンの平常時の目。

 その抜けた部分さえなければ、アーデスを凌駕する魔法使いであることは間違いない。

 伝説で魔女と呼ばれる者たち。その素質を持ちながら、使い方を彼女に伝えられる者がいなかった、ということか。

「ヤン、俺のパーティに入らないか?」

 どこに入っても『若き魔女』と馬鹿にされる少女を、アーデスは引き入れることにした。


「ワルツ、さっき遺跡で拾ったヤンだ。使える奴なんで引き抜いてきた」

 ワルツと呼ばれた女性は持っていた酒の瓶をテーブルの上に落とす。

 アーデスが連れて来たのは、どう見ても十代の少女。黒く長い髪と丸い眼鏡、木製の杖。魔力で織られた衣。

「どこの遺跡に行ってきたんだよ。まさか時限突破装置でも見つけたのか?」

 過去に遡り、優秀な人材を誘拐してきたと言っても、この男なら不思議ではない。

「いや、『若き魔女』だ」

 アーデスがにやりと笑う。ああ、そうかよ、とワルツは引きつった笑みを浮かべる。

「あんたが『若き魔女』か。よろしくな、あたしはワルツだ」

 当の少女はアーデスの後ろに隠れるようにして、ずっと横を向いている。

 光の加減からか、真っ赤な顔をしているようにも見える。

「あ、あのっ、あのっ」

 少女はワルツの差し出した手を見て、目をぎゅっと瞑る様にして向き直る。

「ふ、ふぅっ、」

 少女は息を止めるように言いかけた言葉を止める。

「ふぅ?」

 差し出した手をそのままにワルツは首をかしげる。

「服を着てくださいぃっ!」

 少女は目を硬く閉じたまま、端から涙をこぼして訴える。その顔はトマトと勝負できるほど真っ赤だ。


 失礼な、ワルツはちゃんと服を着ている。鎧で見えないだけだ。鎧の下にしかないとも言えるが。

「あたしはこれが楽で好きなんだよ。人の趣味に文句つけるのかい?」

「えと、えっと、それでは……」

 涙で瞳を潤ませたまま少女は自分の荷物を探る。

「あの、私といるときだけでいいので、これを、肌にかけててくださいぃ」

 少女は薄いベールの様な大きな布を取り出した。それをマントのようにワルツに羽織らせる。

「この方がよっぽど恥ずかしくないか……?」

 ワルツの顔は引きつっているが、少女はようやく落ち着いたのかワルツに正面で向き直る。

「あのっ、ワルツさん。私はヤンと申します。未熟者の魔法使いですがっ、なにとぞよろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げた。


 思考が駄々漏れというのは聞いたことがあるが、魔力が駄々漏れとは言わないだろう。

 普通に見える者がいないから。

 ヤンの瞳が魔力を映すのならば、肌を出している部分から誰でも魔力が湧きあがっているはずだ。

 魔力には色々な物が混ざっている。思考や、意思、感情、性質。それを他人が勝手に覗くのは失礼なことかもしれない。

 魔法として発動したものならばいい。だが、魔力自体はあまりに無防備だ。

 人はそれをどうこうする技術を持たない。見えないものなど無いのと同じ。

(見える者には大迷惑だな)

 それからアーデスは平常時でも薄い魔法壁を使うようになった。

「あ、ああっ! 『双璧』のアーデス様、なのですねっ!!」

 ヤンにはよくわからない納得のされ方をした。


 その後、ワルツは貰ったベールの代わりにと黒いとんがり帽子をヤンにプレゼントした。

 それはもう、にやにやと楽しそうに。

「魔女なら魔女らしくしてにゃだめだろ」

 ヤンの頭にそれをのせると見事に絵本の中の魔女の出来上がりだ。これで歳をとってればもう言うことない。

「そっ、そうですね。わ、わかりました。ありがとうございますっ!」

 遊ばれているとも知らず、受け取ったヤンは照れくさそうに笑い、真面目に被っている。

 ちゃんと魔力で織られた特別製で古い遺跡から掘り出した物だった。

 歴史的な価値もあり、かなり高価な品だったが、ワルツの貰ったベールも魔力を織り込んだ物だったので価値的には同等だろう。

 いや、魔力が織り込まれていながら、あの薄さの布は見たことが無いので足りない位かもしれない。

「お前、またぴったりな物を……っ」

 ヤンの帽子に気付いたアーデスが一瞬息を飲み、次に優しい笑みを浮かべて帽子ごとヤンの頭をなでた。

 あれは絶対心の中で笑ってる。アーデスの笑顔ほど胡散臭いものは無い。とワルツは思っている。


「ヤン、お前。歳取ったか?」

 アーデスがヤンに聞く。

「やだっ。老けましたか?」

 自分の頭を押さえ、隠すようにして顔を赤くし、ヤンが聞き返す。

「いや」

 むしろその逆。出会ってから数年が経ったが、ヤンの姿にまるきり変化を感じないのだ。

 出会った最初に人であるか疑ったが、時が経った今でもたまに……。

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