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ギレイの旅  作者: 千夜
2章
77/561

若き魔女の実力1

 その頃、アーデスはランクAの遺跡の探索を進めていた。

 すでに攻略の完了した遺跡だが、魔法トラップによる移転先のマップまではできあがっていなかった。

 Aランク遺跡の魔法系トラップ。移転先には命の危険があるものばかり。

 そのクエストはAランクの中でも難易度が高く、攻略には多くのAランク冒険者が関わり、それでも長い年月がかかってしまう。


 移転トラップで飛ばされた場合の対処法はいくつかある。

 脱出魔法で遺跡自体を脱出する方法。移転魔法で遺跡内の別の場所に移動する方法。実際にそのトラップ先から新たな道を見つける方法等。

 アーデスはトラップ先の仕掛けを解析、マップ作成後、移転魔法で遺跡内の拠点と定めた場所に戻ることでそのクエストを進めていた。

 本来パーティを組んでやるそれをたった一人で。


 かなり下の階層まで来た時だった。

 すすり泣く声と共に、一人の少女が現れた。

 黒く長い髪、丸い眼鏡、木製の杖。

 着ている衣は今では作れる者が極端に減った、かつて魔女と呼ばれた者たちが好んで使っていた魔力の織り込まれた着物。

 アーデスはそれが人であるかどうかをまず疑った。

 Aランク遺跡の下層は、泣き出すような少女の来られる場所ではない。


「や、やっと、人に会えましたぁ」

 明るい黄緑色の瞳を潤ませ、アーデスを見上げながら震えるように杖を握り締める少女。

「生ものか」

「な、なま? 名前ですか? ヤンと申します。仲間とはぐれてしましましたっ」

 再びグスグスと鼻をすすり始める。

「面倒だな」

 アーデスは腕を組む。予定通りクエストを進めてしまいたいのに。

 まさか、連れてきた連中も面倒になって置いて行ったのではないだろうか。

 さすがに、こんな危険な遺跡の中に少女一人残して行くわけにはいかない。

「仕方ない。俺はこのまま作業を続けるが、ついてこれるか?」

 アーデスが聞けば、少女は顔を輝かせる。

「はいっ。頑張ります!」

 こくこくと元気よく頷く。

「あのっ、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

 両手で杖を握り締めたままの少女。

「……アーデスだ」

 さすがに呪われることはないか、とアーデスは名乗る。

 呪い返しを受けた者の末路は悲惨だ。できれば目の前では見たくない。

「アーデス様、ですね! 素敵なお名前で、とってもお似合いです」

 少女は嬉しそうに微笑み、一瞬だけ、アーデスの魔力に何かが触れた気がした。

 しかし、それは嫌なものではなく。むしろ、溜まり始めていたアーデスの邪気を散らしたような感触だった。

「ヤン、と言ったか。ここに来たからにはAランクということか。よろしく頼む」

「は、はいっ。おね、お願いいたしますっ」

 アーデスが手を差し出せば、慌てたようにヤンは両手で握り返す。

 カラン、と手放された杖が地面に落ちた。

 アーデスは気にせず先に進むことにした。


「ここの移転トラップ先の仕掛けをさっき解除してきたところだ」

 目に見えない魔法陣を前にしてアーデスが言った。

 目には見えなくとも魔力を感知すればそれがどのようなものかは判る。

 さらに解析の魔法をかければ、どこに行くのか、どのような仕掛けがあるのかまでアーデスには把握できる。

 どの程度理解できるかは魔力の精度によるので、大抵の者はトラップを回避する道を選ぶ。


 ここの魔法トラップによる移転先には身動きのできなくなる仕掛けがあり、解除の方法があの下層にあった。

「それでアーデス様はあの階にいたんですね。私も目の前で皆さんがいなくなったので、仕掛けの先に行ってみようと思ったのですが。アーデス様がいただけで、誰もいなくて……」

 ヤンは不安そうに杖を両手で握る。

 二人は陣の中へと踏み入った。体が透明な壁を通り抜けるように消えていき、目の前に新たな部屋が現れる。

 そこで、ヤンのはぐれた仲間は簡単に見つかった。


 アーデスが仕掛けを解除する前にこの部屋に入っていたのだろう、四人の男女が、痺れの魔法で見事に寝転んでいた。

 魔法トラップにかかりここに足止めされていたのだ。

 その解除の方法が下層にあったためにアーデスはあんなに下まで行き、同じくトラップ解除をしに行ったヤンと出会った。

 この場合、はぐれたのはヤンではなく、倒れているこのメンバーの方と言えるだろう。

 心配そうに四人のメンバーに声をかけ、状態回復の魔法をかけるヤン。

 それを無視してアーデスはマッピングを進める。

 内部にはあのしびれる仕掛け以外にトラップはなさそうだが、出入り口は少し複雑な操作をしなければ開かない。

 扉を開いたとしても、出るのはアーデスが仕掛けを解除したあの下層階。

 魔方陣のあった階とは敵のレベルが違う。

「ここのマップも完成だな。俺は次のトラップに行く。ヤン、お前はそいつら連れて帰ってやれ」

「はい、わかりました。アーデス様、ここまでありがとうございました」

 ヤンはそう言って頭を下げるが、アーデスは予定していた道を歩いただけで何もしていない。

「いいから、もう行け」

 こんなレベルの低いトラップにひっかかる連中と関わっている暇も情もアーデスにはない。


「はいっ。ではみなさん、ギルドに戻りますね」

 ヤンの足元で魔法発動の白い陣が輝きだす。

 シュゥン

 白い光の柱が天井を貫き、消え去った。

「さて、足手まといも無くなった。次のマップへ移るか」

 手元の地図を広げ、次に向かうべき場所を確認する。

「きゃぁっ」

 ドサッ

 目の前で何かの落ちる音と短い悲鳴。

「ああ、やっぱりまたですっ」

 地図を閉じれば、目の前に帰ったはずの少女が。

「あ、ああの、私、移転魔法を他の人とやると、どういうわけか私だけ戻っちゃうんです」

 目をぎゅっとつぶり、恥ずかしそうに俯くヤン。


 今発動した魔法に落ち度は無かった。外部からの干渉も、詠唱途中の異常も何も感じなかった。

 だったら何故少女は戻ってきたのか。

「お前、ここに来たからにはマップは頭に入ってるのか?」

「は、はいっ。もちろんです」

「遺跡内移転は使えるか?」

「はいっ。遺跡内も外部も、侵入可能ならどこへでも行けますっ!」

 気のせいでなければ、ヤンは進み入るではなく、侵入(押し入る)と言った。

 並の魔法使いの精度ではない。

「最下層のパネル(操作盤)の部屋へ行けるか?」

 アーデスは優しく微笑んだ。

「はっ、はいっ!」

 パネル。それがこの遺跡の全てのトラップを動かしている、元。

 それさえ自由にできれば一々遠回りしてトラップを一つずつ解除していく必要など無い。


 しかし、そこへの侵入はアーデスにも無理があった。できないことはないが、日に一度が限度。最終手段だ。

「あぁっ、でも私は攻撃魔法はBランク相当しか使えなくてっ。最下層の魔物はとても相手にでませんん」

 泣き出しそうな、怯えたような表情でヤンは首を振り声を絞り出す。

「かまわないさ。お前は拠点にいればいい。俺は作業が終わったら拠点に戻るから、またパネルの元へ送ってくれ」

 普通の魔法使いにとっての無理難題を押し付ける。それも素晴らしい笑顔で。

「っはい!」

 キラキラとした笑みで返事をするヤン。

(拠点にいればいいなんて、私ま、守られてる?!)


 最下層のパネルの部屋へ意識を集中し、真剣な顔で移転魔法を詠唱するヤン。

 道ができ、白い光が辺りを包む。体が空宙に持ち上がる感覚。

 二人並んで、その魔力の道へ入る。

 と、突然、ヤンの足元に黒い穴が開く。するり、とヤンの体がその穴の中へ落ちた。

「ほぉ。見事だな。これは面白い」

 ぜひ一度研究してみたいものだ、と魔力の道に開く穴を初めて見て、アーデスは感心する。

 魔力を集約して作った魔力の道よりもヤンを取り巻く平常時の魔力が高いと言うこと。

 ヤンが移動するには、自分専用の魔力の道を組まなくてはならないだろう。

 そしてそれは、他者が通れば持っている魔力など押しつぶされ、体が粉々に分解されてしまうような魔力濃度の濃い道。

 Aランクで魔力耐性の強いと言われるアーデスでさえ、そこへ入れなかったようだ。


 難なくパネルの部屋へと着いたアーデス。

 部屋の外から扉を開けてここに入るのは大変な手間がかかる。それが、この一瞬だ。

 入った後も、邪魔をしてくる魔物と戦い、パネルの防衛機能を突破して、アクセスコードを解析し、操作方法を理解しなければならないが、ヤンのおかげでやることが半分になったと言っていいだろう。

 とにかく、大変な作業なのだ。

 アーデスは可能な限りのトラップを解除し、マッピングを終えると拠点へと戻る。

 転移陣の敷かれたそこにちゃんと、ヤンは着いていた。魔法防御のあるここは魔物に襲われることもない安全地帯。

 再びヤンにパネルの元へと送り出してもらえば、解除したトラップを元に戻し、二重、三重になっていたトラップと、新たに発見した部屋のトラップを解除する。

 今まで一部屋ずつクリアしていたマッピングを、14、5の部屋を連続で見回り、地図を作っていける。

「いいものを手に入れたな」

 アーデスはパネルを操りながらにやりと笑う。


 一方そのころ、

「私はここ(拠点)にいろなんて。アーデス様ってなんて親切な方なんでしょう……。私の失敗する魔法も笑わないでくださるし、本当に人間のできた方なのね」

 平和な拠点で、ヤンはキラキラと瞳を輝かせていたという。

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