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ギレイの旅  作者: 千夜
2章
73/561

重要書物

 中には、金属の棚にボロボロの書物が並べられていた。

 棚が金属なのは虫に食われないようにだろう。湿気取りのつぼが大量に置いてある。

 換気のための小さな窓から常に風が入ってきている。

 ごくり、と儀礼はつばを飲み込む。想像以上に重要な物らしい。

 音を立てないよう、扉は開けたままにする。

 男が起きていないことを確認し、そっと扉の中へ侵入する。

 こんなところを見つかればへたをすれば牢獄行きか。それでも儀礼は自分の好奇心に勝てなかった。

 ほとんどの背表紙は崩れていて文字が読めない。棚の上に布製の手袋が置かれていた。ここの領主の物だろうか。

「お借りします」

 聞いているわけもないのに儀礼は断りを入れる。

 手袋をして、一つをそっと手に持つ。

 一枚一枚の紙が厚く、空気を多く含んでいるのか、思ったよりも軽かった。

 表紙にはドルエドの文字。研究資料のようなことが書かれている。

 中を見れば、七百年程前の日付。

「うそっ」

 食い入るように、しかし、丁寧に見る儀礼。研究というよりはただの日記のような内容。

 しかし、同一人物のその日記が十数冊保管されている。日付は突然飛んだりまちまちだが、当時の歴史が等身大で記されている。

 また、別の書物では、最近公開された研究成果と同じことが書かれている物まであった。

「これ、先にまとめて発表してたら……こんな古い時代にもうここまで考えてた人がいたの!?」

 実験データが不足で真実に至らない、と最後に著者の愚痴が載っている。

「ありえない……」

 儀礼の声が震える。


 また別の物へそっと手を伸ばす。

 そこにはドルエド会議録、とある。ドルエド国王を含む将軍たちの会議録だ。

 震える手に汗をかく。なぜ、こんな物が残っているのか。しかも、王都に近い領主の下で保管されている。

 歴史の証拠がここに……。

「ああっ! マルコさんの原書っ!」

 その本を見たとき、儀礼は思わず叫んでいた。

 マルコ・ブシワーズ。五百年ほど前の人物で、今残っている辞書などの作成に携わった一人。

 彼女は字がとてもきれいだった。

 儀礼の字はあまり綺麗とはいえない。祖父の字は読めた物ではなかったが、その祖父に儀礼は文字を教わったのだ。

 なので、マルコは儀礼の憧れの人でもある。

 驚くことに、タイピング機械などない時代に、機械で打ったような文字を書く人だった。同じサイズの文字を重ね合わせるとぴたりと合うのだ。

 字と言うのは癖が出る。書けば書くほど変わっていったりするものだ。なのに、彼女の字は生涯変わっていない。その上、速記に近い速度で書くこともできたと言う。

 そのため、本来男しか入らなかった会議所内に、記録役として座るのを許されたほど。

 その、会議の記録。戦争の報せだったり、国の施行状況だったり。部外者が見ることの許されない内容の物。

「や、やっばい」

 さすがに儀礼も慌てだす。これは、保管し続ける必要があるが、見てはいけない物。

 儀礼はそれをそっとしまった。


 帰ろうと思った儀礼の目に一冊の本が飛び込む。

 背表紙が無事で題名が読める。

 比較的新しい物だろう。開いてみれば二百年ほど前のものだった。

 それは儀礼の祖父とよく似た考えを持つ研究者で、祖父の書いた物と類似した点が多い。書かれている文字はフェードの物だが。

 なんだか懐かしくなって、儀礼はそれを持って座り込む。

 祖父の考えとの相違点はフェードでは魔法を多く使うこと。魔法に頼ったために儀礼のように実物化できなかった。

 しかし、実現した今、今度は応用にこれらを使えそうだ。

 儀礼はそれらを頭の中に書き込んでゆく。同時にどう利用するか、どう変えていくかを考える。

 あまりに楽しい充実感に、儀礼は周りの全てを忘れた。


 間もなく本を読み終えると言う時だった。

 座り込んで本を読んでいた儀礼の視界が変わる。

 無理やり引き起こされたようで、視界の端に天井が入っている。

 しかし、あと少しで読み終えるのだ。

 儀礼は考えるのをやめて、とりあえず頭にねじ込むように文字を流し見る。

 そうして、最後のページを読み終えると、パタンと本を閉じた。その間はおそらく数秒。

 目の前には、領主の息子。


「お前、信じていたのに。……俺をだましていたんだな!」

 突然、怒りの形相で儀礼を睨みつける。

 儀礼が本を持っていない方の手はすごい力で握られている。どうやら、これで無理やり立たされたらしい。

 とりあえず、大切な本を大事に仕舞ってみる。

 その態度が火に油を注いだのか、襟首をつかまれ、投げるようにして隠し部屋から叩き出された。

「ってぇ」

 金属の扉に強く背中を打ち付けて、大きな音が鳴った。


「あんなに俺が好きだと言ったのにっ」

「……。」

 どうやら男はまだ一人、あの寸劇の世界にいるらしい。

 幻覚はとうに切れている時間だ。幻覚と麻酔薬を同時に使ったのがいけなかったのかもしれない。

 夢の中で女神と何をしてたか知らないが、それを儀礼に重ねるのはやめて欲しい。

 これ以上幻覚を長引かせるわけにいかないので、麻酔は使えない。

 指輪に仕掛けるのを痺れ針にすればよかったと悔やむが仕方ない。

 幻覚を誘導し直すか、別の方法を考えなくては。

「もう一度考え直せ。スパイなんてやめてこの家で幸せになればいい」

 どうやら女神様はスパイだったらしい。


「あの、人違いです」

 だめもとで言ってみる。

 男が眉根を寄せる。考えているようだ。いけるかもしれない。

「女神のように美しい方ならさっき、扉から出て行きましたよ」

 男はぼうっとした様子で扉を見る。胸元から鍵を出し、扉へと近付いていく。

「……それならば、お前はここで何をしている?」

 男が思いついたように言う。まだ思考がはっきりしていないようで、首をかしげるようにしているが。

 そう、何をしているって? 貴重書庫に入り、隠し扉を勝手に開け、重要書物を読みあさった……。

(ああ、まずい)

 奥の隠し扉が開いているのが見えるはずだ。隠し扉の開いている状態で閉め切ったこの空間にいる儀礼は不審すぎる。

「領主様が、夜会の最中にあなたが見えないと言うので探しに参りました」

 儀礼たちが祝宴の場からいなくなって三時間近く経っている。探していてもおかしくないはずだ。

「そうか」

 安心したように頷くと、扉の前に立ち鍵を開けようとして、また止まった。

「お前、どうやってここに入った」

 頭がはっきりしてきたようで、鍵を握り締めたまま、今度は怒りの空気がはっきりと伝わってきた。

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