愛里5
声の元を辿れば、いつの間にかネネが儀礼の真後ろに密着するように回り込んでいた。
「でも白と殴り合いしてたじゃないか」
ネネに警戒しつつ、儀礼の視線は拓を睨む。
「あれは、手合わせだ。シャーロットも武術をやってたからお互い力試ししてただけだ。俺は無抵抗な女の子を殴ったりしない」
「無抵抗じゃなきゃ殴るのか?!」
儀礼が拳を握りしめると、拓ははぁ、と深くため息を吐く。
「お前は何だってそんなに俺の印象が悪いんだ」
拓は儀礼の頭を撫でた。
予想外の行動に儀礼は目を丸くして固まる。
「シャーロットは俺にくれないんだろ? なら愛里しかいないじゃないか」
その発言に儀礼はまた拓に喰ってかかる。
「人をものみたいに言うな! 愛里は白の代わりでも、母さんの代わりでもない。そんなにこの顔がよければアルバドリスクに行って探してこい! 白の妹とか親戚とかにいるかもしれないだろ」
顔を真っ赤にしたまま、怒鳴り付ける儀礼。普段大人しいのに、家族の事になるとたがが外れるようだ。
「俺は愛里がいい」
拓は真剣な表情で言った。声は静かだが意味を深くさせる重さがあった。
その告白は愛里への気持ちなのに儀礼がどぎまぎしてしまう。
「な、何を言ってるんだよ」
儀礼は視線を反らしながら言っていた。
最近は何故だか父母だけでなく白までが拓の愛里への行動を黙認している。以前は一緒に止めてくれていたのに。
「俺は本気だ」
「愛里はまだ8歳だぞ。お前もう28のおじさんじゃないか」
うろたえていた儀礼は気付かない。その言葉に二人の28歳が怒ったことに。
すっと後ろから儀礼の胸に細い手が延びる。ネネが背後から抱きついていた。
「ねぇ、そうよねぇ、28なんてもうおじさんよね。私の夫なんてもう49でそれこそおじいちゃんよ。たまには若い人と過ごしたいわ」
色を含ませた口調でネネが儀礼の胸から首筋に指を伝わせながら言う。
60歳が寿命と言われる世界で、50歳を迎えれば高齢の部類に入る。
ぞわっと儀礼の全身に寒気が走った。どうやら自分は言ってはいけないことを言ってしまったらしい、と気付いたときにはもう遅い。
逃げようとした儀礼の腕はすでに拓に掴まれていた。これではいつかの二の舞だ。
儀礼は青ざめる。
「悪かった、ちょっと冷静になろうよ二人とも」
儀礼の声は緊張から震えている。
「俺は冷静だよ、儀礼」
拓の声は低く、瞳は真剣すぎるほどに儀礼を見ていた。
儀礼の首を伝うネネの細い指がさらに上がり、唇をなぞり、耳元をくすぐる。ネネの反対の腕は儀礼の胸を締め付けるように張り付き、背中に柔らかいネネの胸の感触がある。
「ぅう……っ」
赤面した儀礼が思わず逃げようともがくと、腕が痛いほどに、拓の手に力が入った。振りほどけない。
(し、獅子~ぃ)
力に対して対抗する術のない儀礼は親友の名を心で呼んでいた。しかし、答えてくれるはずもない。
「俺は昔、エリさんに告白して断られた時、もしエリさんに女の子が生まれたら俺にくださいって言ったんだ」
当時5歳だろ! どんなませがきだよ。
心の中で悪態をつくが、いつも儀礼が心の中で自分を冷静にさせるための方法だと気付いてやめた。
(大丈夫、僕は落ち着いてる)
「でも、子供は生まれなかった。俺は諦めかけてたよ。そしたら、シャーロに会ったんだ。エリさんにそっくりで、これこそ運命だと思った」
ほんの少し悲しそうに拓は視線を落とす。
ネネは、両手で儀礼を抱きしめる。さらに胸が背中に押し付けられ儀礼は困惑する。
「なのに、シャーロはお前を選んだ。儀礼」
再び合わされた目はけれど、穏やかで、憎しみや怨み等はまるで含まれていない。
「成長するにつれて愛里はエリさんに似てくる」
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