愛里4
儀礼の妹、愛里が発した「拓お兄ちゃんのお嫁さんになる」騒動から5年の月日が流れた。
ネネの子供の泣くだけだった銀髪の赤ん坊は、自分で考え、行動できる5歳にまで成長していた。
愛里は8歳になり、ふわふわの金髪が腰まで伸び、少女らしく成長していた。
両親と溺愛気味の兄から愛情を惜しみなく注がれ、朗らかに笑う様は地上の天使と謳われる程である。
そしてその天使を生んだ団居家には、まだ二人の天使が残されている。
金髪に青い瞳、儀礼の娘のヒスイは6歳になりこの春から学校に入学する。
その下には妹も生まれていた。2歳の女の子はトルマリン。皆はマリと呼んでいる。
この愛らしい二人の娘の母親は、快活な性格を表すショートヘアに、深い青の瞳を持った、神秘的な美貌の女性である。
仲が良い事で知られるこの夫婦は、とてもよく似た容姿をしていた。
そんな団居の家に今日もまた、愛里が帰って来たことから騒動は始まる。
「見て、お兄ちゃん。綺麗でしょう!」
小さな白い手の、中指に嵌めた指輪を誇らしげに儀礼に見せて、愛里は嬉しそうに笑っている。
「綺麗だね。どうしたんだい?」
父にでも買って貰ったのかと、にこにこと愛里の報告を聞いていた儀礼は、次の瞬間に膝から崩落する。
「拓お兄ちゃんがくれたの! 4年後にはこれが結婚指輪になるのかしらぁ」
きゃあ、とピンクに染めた頬に手を当て、さらさらと長い髪を揺らしている愛里は、本当に可愛らしい。
「……た~く~め〜」
地の底から響くような声とともに、いつかのように作りかけの夕飯を放り出し、今度はエプロンを投げ捨てて、儀礼は団居家を飛び出していった。
「あぁ、またギレイ君が。もう、愛里ちゃんの事になると周りが見えなくなっちゃうんだよね」
仕方ないわね、と愛里に微笑むシャーロットの表情は愉快そうだ。
「どうしてお兄ちゃんは、あたしが拓お兄ちゃんと結婚するのだめって言うのかなぁ?」
眉間にシワを寄せて、愛里がシャーロットに問いかける。シャーロットはくすくすと笑っていた。
「多分、拓君じゃなくてもだめって言うのよ。まるで父親みたいね」
シャーロットの言葉に愛里は不思議そうに首を傾げる。
「お父さんは結婚しちゃだめって言わないよ?」
愛里の父で儀礼の父でもある礼一は、愛里が結婚すると言っても優しく笑うだけだ。
「お父様は、拓君のこと子供の頃から知ってて認めているからかしらね。それでも愛里ちゃんが本当にお嫁に行くときはきっと泣いちゃうよ」
愛里の髪を撫でながらシャーロットは儀礼のことを思う。
儀礼の場合は、幼い頃から拓の事を知りすぎてかえって信用できないのだろう。なにしろ記憶のほとんどが拓にいじめられているのだから。
儀礼は拓の部屋に乗り込んだ。
「お前はまだ愛里を諦めてないのか、さっさと相手見つけて結婚しちまえ!」
ドアを開けるなり儀礼は言葉も荒く怒鳴ったが、その部屋には拓だけではなく、妖艶という言葉の相応しい祝祈、ネネの姿もあった。
この二人が揃うと途端にそこは、儀礼にとっての鬼門へと変わる。
「まぁ、儀礼! 私に会いに来てくれたの」
にまりと含みを持たせた笑みを浮かべると、すすとネネは儀礼に擦り寄っていく。
その動作にたじろぎ、儀礼はじりじりと後ずさる。
ネネは面白がってやってるんじゃないかと、最近儀礼は思っている。
ネネからは夫としている領主と別れようという気は感じられないのだ。
それでも今までの経験上、儀礼は身構えずにはいられない。
「違うからネネ、ありえないから」
くるりと身をかわすと、素早く拓に向き直る。
「愛里はまだ子供だぞ! 小さな子供相手に変態!」
儀礼が叫ぶと、拓はピクリと眉を動かす。どうやらこの言葉は気に触ったようだ。
「ほう、俺が変態か。そうか、お前は俺に変態になってほしいのか。ならかまわずお前の妹でも娘でも手を出してやろうか? ん?」
そうとう怒っているようで、言葉の中に今までにない重い圧力を感じた。
その思い言葉に儀礼は危機感を覚える。
まさか今回は本気で結婚しようなんて考えているのでは、と。
儀礼は頭を振り思考を取り戻す。
「お前みたいなやつに嫁いだら愛里は絶対不幸になる。どうせ気に入らない事があったら僕みたいに殴るんだろう! あんな小さい女の子に、絶対に許せない!」
儀礼の目は真剣だった。もちろん、ここに来るときはいつも真面目な顔で来るのだが。
「拓は女の子を殴ったりしないわよ」
拓のフォローの声はは意外なところから発せられた。
儀礼のすぐ後ろ。耳元で囁くような声。
ビクッと身体を震わせて、儀礼は耳を押さえた。
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