愛里3
不穏な空気を感じ取り、必死に抵抗を再開した儀礼を、背後から腕をねじりあげたまま、拓がベッドへとひきずる。
「ちょっ、何!?」
ドサッ
儀礼はベッドに倒れ込んだ。いや、腕を頭の上で拓に押さえ付けられ、動けない状態だ。拓は儀礼の頭上に座り込み、反り返らせた腕を離す気はないらしい。
「離せ……痛い……」
儀礼は拓を睨み付ける。が、なぜか拓はニヤニヤしている。
そして、ふとももに重さが掛かったと思ったら、ネネが片足の上にまたがっていた。
赤い唇を緩やかに曲げ、細い指を儀礼の体の上に預けた。
「ふふふ」
ネネの顔に浮かぶ笑みは妖艶なのに、その笑い声はどこか無邪気ささえ感じられる明るいものだった。
「ちょっと! 拓ちゃん、シャレになんないってこれ! 手、離してよ!!」
陸に上がった魚のようにばたばたと動き出した儀礼の腕を拓はさらに力をいれて捻る。
「いっつ!」
儀礼は顔を歪ませて動きを止めた。
「おとなしくしろって。どうせ親父はあと何年もすりゃ寿命なんだから。子供ができたのが奇跡なんだよ。寂しいだろ、その後。お前がもらってやれよ。もちろん浮気の証拠は見届けてやるから」
片手を儀礼の脚にかけたまま、もう片方の手で、ネネは器用に自分の服を緩め始めた。
肩を覆うスカーフを外し、フワリと宙に舞わせる。ゆっくりと落ちる薄布はなんだか妙に妖しい雰囲気を漂わせている。
「安心しろ、ちゃんとシャーロは俺が幸せにするから」
拓がそう言うとネネは儀礼のズボンのベルトに手をかけた。
(嫌だ、絶対嫌だ)
いくら思っても痛む腕のため抵抗もままならない。このまま悪魔どもに襲われてしまうのか。守護精霊を二人も身に宿らせていると言うのに、使い切れない自分が情けない。
(シャーロ……)
愛しい娘を思う。助けて、と言うのは場違いだろうか。
情けないと思いつつも、このままでは絶体絶命だ。
心の中で必死に思い続けていると、儀礼の体の中で精霊が気配をざわつかせたのが分かった。
ネネが、ベルトを抜き取った瞬間。
「オギャー! アギャー!」
赤ん坊の大きな泣き声が屋敷中に響き渡った。
儀礼のズボンを脱がそうとしていたネネの手がとまり、腕を捻っていた拓の力が弱まっていた。
「乳母は何してんのかしら」
いらだたしそうに、ネネは部屋の外を見るが、赤ん坊に泣き止む気配はない。
「仕方ないわね。折角いいところだったのに」
口を尖らすネネに儀礼は目一杯首を横に振ってみせる。
ネネは服を直すと、床に落ちたスカーフを拾って部屋を出ていったのだった。
拓も赤ん坊の泣き声に毒気を抜かれたのか、拓もすんなりと儀礼の腕を放した。
「ほぉ~」
儀礼は安堵から大きく息をつくと儀礼は、はっとしたように立ち上がり、部屋の外へ走りだした。
「あ、おい服!」
残された儀礼の服を見て拓は頭をかく。
「ま、戻ってくるか」
さすがに寒い冬のこと。表に行く前には気付くだろう、と。
拓の部屋を出た儀礼は、歩いていたネネを追い抜き、泣き声の元へと駆けつけていた。
そして泣いている銀髪の赤ん坊を抱き上げると、頬をすり寄せるようにして抱きしめた。
「君は僕の救世主だ! ありがとう!」
年取った乳母がようやく赤ん坊の元にたどり着いた時にはは、真冬に上半身裸で、泣き続ける赤ん坊を目を潤ませて抱きしめている男。という異様な光景が見れたそうだ。
翌日。
「ネネがベルト返し忘れたって」
と、儀礼の家まで来て、わざわざシャーロットの前で浮気をにおわせるような発言をする拓の姿があった。
「お前はなんのつもりだ! 帰れ!」
拓の腕から忘れていたベルトをひったくると、儀礼はしっしっと手で追い払う。
だが拓はニヤニヤと笑っていた。
「何言ってんだよ、外したのはネネじゃないか」
この儀礼と言う男がどれだけ女性に好かれやすいか、身を持って知っているシャーロットは、少し険しい顔をして儀礼を見ていた。
「誤解するような言い方するな、拓ちゃんのせいだろ」
違うんだよ、と儀礼はシャーロットに首を振って否定しているが、シャーロットの表情はなかなか解れない。
「なぁ、シャーロット。そんな浮気症な奴なんかやめて俺にしなよ。絶対君以外なんてみないから」
ニヤニヤしていた笑みをしまい、拓はシャーロットの手をとって真剣に言う。
「おい、こら! どさくさに紛れて人の女をくどくな!」
拓に詰め寄る儀礼だが、それから数ヵ月はこの拓の嫌がらせの様な行動が続いたと言う。
その間、愛里に目が向かなかったので儀礼の当初の目的は達成できたのかもしれない。
可愛い妹、愛里はすねてそっぽを向くし、大切な妻シャーロットは疑いの眼差しを向け、拓はからかい、事あるごとに隙を見つけてはネネが迫るしと、あまり喜べない日々を過ごした儀礼だった。
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