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ギレイの旅  作者: 千夜
19章
534/561

ブローザの信奉者

レビューいただきましたありがとうございます!

 儀礼はフッと息を吐くと周囲を見回す。

荒れた室内、壊れた研究室、けがをして呻く覆面の男。そして仲間たちの名前と思われるものを呟きながら嗚咽する覆面の女。

「……姉さん」

一際強く嗚咽を漏らすと最後にはブローザ様、ブローザ様っと縋るような声が聞こえてくる。


「元の姿に戻したいのはみんな同じ。ブローザさんも僕も」

確認するように呟くと、グッと拳を握り儀礼は行動を始める。


「さて、まずは怪我の手当てしますね」

腹部の傷に手を当てている男の前に来ると、儀礼は消毒液や包帯を出していく。

「何をする」

たった今目の前で仲間を裏切らせた『蜃気楼』に警戒心を顕にし、男は歯を食いしばりながら儀礼に武器を向ける。


「落ち着いてください。同じ結果を求めてる僕らは、いわば研究仲間です。平和的によろしくお願いします」

両手を上げて、儀礼は敵意がない事を示す。


「僕はガスカル君たちを元に戻したいだけ。あなたたちは仲間を元に戻し、研究を成功させたい」

じっと男の目を見て儀礼は出来るだけ穏やかに話しかける。


「お前は研究の成果はいらないと言ってるのか?」

信用できない、と男は視線を険しくし武器を握る手に力を込める。

研究者である限り、研究の成果を欲しがらないわけがない。


その先には名誉、栄光、人々からの羨望、そして多額の財貨が手に入る。

それらはみな人類の歴史において、その人物の一生を濃密なものにし、豊かにし、生活を支える糧となるものだ。


「研究者が成果を欲するのは生きるのと同じだ。それを放棄するのは、生を放棄することだ。お前は、生きる気がないのか?」

それならそれで構わない。男が生かしたいのはブローザであり、そのために他の命が消えることは惜しくもない。

ブローザの邪魔立てをする者なら尚更のこと。


「生きる気がないなら素直に死んでくれ。俺は仲間とブローザ様を助ける! 邪魔をするな」

男の鋭い視線を真っ直ぐに受けて儀礼は噛み砕くように言葉に意思を乗せる。


「僕は、ガスカル君を人間に戻したい。何の関係もない者が許可もなく説明もなく、体を、人生を命を、勝手に使われることをなくしたい」

強い生気に溢れる瞳で見つめられ、さらにブローザの行いを否定されて、男はギリッと奥歯を噛み締める。


「ブローザ様は間違ったことはしていない。これは誰もがしていることだ。研究に携わる者なら誰でも了承しているはずだ。研究室で自分の身を守るのは当たり前のことだと。大きな魚が小さな魚を襲うのは犯罪か? ただの食事だ。巻き込まれた方は不運だが、逃げ切る力がなかった。より大きな命の生きるための力になるんだ、無駄にはならない。さらにその命には知能があり、知識があり、大勢の人々を生かす力がある。弱く生きられない命なら、崇高な目的のあるブローザ様のためになる方がずっと価値がある人生になるんだ」

腹から血を流し続けながら男は熱意を込めてブローザの正当性を語る。


「あの方は人類を救う方だ。人類を繁栄させ、より豊かに導き、魔物の脅威に怯える者や、全ての者が飢えや渇きに苦しまない様に救ってくれようとしている。心意気の高くお優しい、素晴らしい方だ!」

全身に汗を滲ませ、痛みに顔を歪めて、腹部の血を止める行為すら忘れて男はブローザを讃える。


「その力になれることは喜ばしいことであって、協力を惜しむべきではない。それは人類への貢献だ、栄誉ある行いだ。そして邪魔をする者は人類の敵だ。ブローザ様の考えが理解できないなど、その者の努力が足りずにブローザ様の位置にまで考えが辿り着いていないか、ブローザ様を妬ましく思いその地位を貶めんとする者だからだ」

血を失い、朦朧としながらも演説をやめない男に儀礼はそっと近づいた。

体温は下がり、肌は土気色に、瞳からは生気が消えてゆく。


「手当をしますよ。あなたを失ったらブローザさんは悲しむ」

儀礼は無言で男の傷を手当していく。男の腕は寒さからか震え、もはや声も思う通りに出ない様だった。

言いたい言葉を口の中に押し込み儀礼は男の手当を終えた。

出血の量が多いのでしばらくは絶対安静の日々が続くだろう。


男が目を閉じたのを確認して儀礼は口を開いた。

「飢えや苦しみから全ての人を救おうとしてるのに、弱い者にはその命をすり潰して糧になれっていうの?」

儀礼は困惑した様子のガスカルへと向き直り、その柔らかい毛皮に指を通す。

「僕は安全な管理局が欲しい」

ガスカルは儀礼の撫でる手に頭を押し付ける。

儀礼の言葉を肯定している様な仕草だ。


「子どもでも、何の心配もなく気軽に借りられる研究室。悪意を持った人もいなくて、卑怯なことをする人もいなくて」

クゥーンと小さくガスカルが声を上げる。

人が人類である限りそんな理想は起こりえない。


男の語るブローザの思想は、儀礼の考えと近い部分があった。

苦しむ人々が少しでも減ればいい。

その考えは間違っていないと思う。

それが飢えや渇きからなのか、自分自身を失ってしまった者への気持ちなのか。

それが少し違っただけ。


「そんなの理想論だわ」

涙で目を腫らした襲撃者の女、ヨルセナが呟く。

「ブローザ様は悪意なんて持ってないし、卑怯なことなんてしてない。偉業を成したこれまでの研究者たちに倣っただけ。他の研究者と同じことをしただけよ」


それが善か悪かは見る者の受け取り方で変わる。

全ての者にとって善人であるなんて矛盾は存在しないだろう。


「文句があるなら全ての研究者に言いなさいよ。ブローザ様だけを責めるなんておかしいわ」

ブローザ側の人間は一様に鬼気迫っている状態だ。

全員が追い込まれている。

それでも、ブローザを信じることをやめない。

なんとか彼女の助けになりたくて、助けを求める者のいないブローザを支えようとしている。

読んでいただきありがとうございます!

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