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ギレイの旅  作者: 千夜
19章
532/561

シールドと魔法薬

「泥棒をかばい立てするか、『双璧そうへき』」

男が口元の布を下げ、苛立たし気に言葉を発する。

「お前も、最年少でSランクを得るという栄光を奪われた者だろう」

今度は女の方が、アーデスとの距離を測りながら語り掛ける。


 儀礼に手をかけるには、先に強敵であるアーデスをどうにかしなければいけないと理解したらしい。

「俺は奪われた覚えはない」

フッとおかしそうにアーデスは口の端を上げる。


(そうだよねー、アーデスさん僕に押し付けたんだもんねー)

儀礼はガスカルを抱えながら成り行きを見守る。

何にしろ、今はアーデスに任せるしかないのだ。


「こいつを泥棒扱いするということは、お前らはブローザ・ジェイニの所の連中か」

「泥棒を泥棒と言って何が悪い。本当のことだろう」

低い威圧するような声で男はアーデスごと儀礼を睨む。


「ブローザ様の成功も、苦労も、努力も功績も、全てを奪おうという強奪者が、そんなものがSランクだなどと、ばかげている!」

鋭い声で叫ぶ女は、はっきりとした怒りを儀礼へと向けていた。

殺意をも含む憎しみの瞳がギラギラとして光っている。


「返せ!! 情報も、データも、資料も、その実験体たちも。全てはブローザ様の物だ!」

儀礼が抱えるようにしてうずくまっている狼のガスカルを示して、女はナイフの角度を変える。

「他人の研究室に侵入しておいてよくそんなことが言えるな、そちらの方がよほど犯罪者らしい」

視線だけで女の動きに警戒しつつも、アーデスは余裕があるように会話をする。


 ナイフを向けられたガスカルはビクリと体を震わせた。

息をつかせぬ展開で起こった一連の動作が、ガスカルには理解できない。

しかし自分たちが狙われている、危機的状況であることはわかっていた。

「大丈夫。絶対に渡さないから」

ガスカルの体を抱きしめて、儀礼は小さな声だがはっきりとガスカルの耳元に言った。


「ブローザ様には崇高な目標がある。それはこのドルエド国のため、国民たちを守るため、いずれは世界全土の弱者たちを守るために必要になることだ。大勢の人間を守るために協力したことになる。ブローザ様のことを理解すればわかるだろう。この実験に参加することがどれだけ素晴らしく、誇らしい事か」

男は武器の柄から片手を離し、戦意を静め、いかにブローザが偉大な人物であるかを語る。


「それを邪魔する者は愚かな行為だ。自分がどれだけ人類平和と安寧の邪魔をしているかわかっていない」

憎々し気に女は儀礼を睨みつける。

「さあこい。ガスカルと言ったか、お前は人類のために身を張った。英雄だ」

男がガスカルへと腕を伸ばす。


差し出された腕を遮り、アーデスが断りの言葉を吐く。

「こちらは犯罪行為は全く犯していない。自分たちの都合で勝手にこちらを悪者にしないでもらおう。捜索依頼の対象と同時に偶然、被害者たちを発見して保護しただけだ。彼は実験体ではない、管理局に研究室を借りに来たただの一学生だ。残りの二人に関しても、身勝手な研究の実験体になった覚えはないそうだ」


「綺麗ごとを。お前たちだって管理局で上位に行くためには同じようなことをしたはずだ。貴重な実験数を補うには必要なことだ。誰が使ったか分からない研究室を借りる上で注意を怠り、気付かずにトラップに落ちたのであれば、それはかかる側の落ち度だ。どこの研究所だってそうだろう」

男の方が当然であることの様に語るそれは、他人の研究所であれば確かにそうだ。

どんなトラップがどこに仕掛けられているか分からず、引っかかったならば見抜けなかった方に落ち度があるだろう。


「でも、管理局の研究室は違う! 誰の物でもない。本当なら誰であっても疑念なく使えるのが、管理局のはずだ!」

儀礼は思わずといった風に口を出していた。

儀礼の中にある、ずっと、ずっと間違っていると思っていたこと。

「どれだけ事故を装おうと、相手の不注意が原因だろうと、了解のない、何も知らない他人を、勝手に実験に使うのは許せない!」


「善人ぶるなっ!」

 キィン。

女の声と同時に、ナイフが投げられており、それは儀礼に届く前にアーデスの剣で打ち落とされた。


「お前だって、大勢の人間を殺している人殺しだろう。ブローザ様よりよほど多くの者を殺している。この殺りく兵器の悪魔が。お前を倒せば、我らのブローザ様は勇者だ!」

女の言葉に、儀礼の勢いが消える。

奥歯をぐっと噛みしめ、反論の余地のない事実を受け止める。


 その顔からは表情が消えたが、小さく落ちた肩が傷ついていることを現していた。

「いくら善人ぶろうと、許されない、お前は盗人で! 卑怯者で! 人でなし――」

「ウォウ!」

ガスカルが大きく吠えた。

儀礼の前へ立ち、かばうように女を睨みつける。


「サイレントシールド」

クレイルの声とともに、儀礼の周囲へとシャボン玉のような薄い膜が張られた。

同時に、どういうわけか、儀礼には女の声だけが聞こえなくなった。


「悪意ある言葉なんて聞かなくていい。お前は正しいことをしてる。『蜃気楼(しんきろう)』の救った人間の数は推定でも百億は超える。ははっ、人類何回分だっての」

おかしそうにクレイルは笑った。

その笑いは多少緊張に引きつっていたものの、儀礼には思いもかけない、嬉しい援護だった。


「鬼! 悪魔! 魔物! 卑劣な犯罪者っ! 仲間たちは、命を懸けたのに……こんな男のせいでブローザ様の研究が奪われるなんて」

ギリと歯を鳴らして、女は悔しそうに顔を歪める。

アーデスたちが味方に付かないと判断した襲撃者の二人はそれぞれの武器を構えなおす。


 男はメイスを、女は投げたナイフの代わりにもう一本ナイフを出して両手に構える。

アーデスの顔つきが変わった。

鋭く二人を警戒する。


「オールシールド」

クレイルが、儀礼とガスカルを含めて大きめなシールドを展開した。

これで儀礼にはトーラの障壁と、サイレントシールド、オールシールドと3種のバリアがかかった状態になった。


 最初に動いたのは覆面の男で、巨大な鉄塊でアーデスへと殴りかかる。

するりと躱したアーデスだが、男のメイスはそのまま床へとめり込み、周囲の足場を粉々に砕く。

ジャリッ、と音をさせて踏み込むとアーデスは攻撃直後の男へと切り込む。


 男は予想していたように横に転がり、剣の刃を避ける。

そして起き上がる勢いに乗せて、次の攻撃を仕掛けた。

男とアーデスの剣とメイスによる力の応酬が始まった。


 その隙に、音もなく女は走り出し、アーデスたちの横をすり抜ける。

パリン。

ガラスの割れるような音がして、次いで金属の落ちる音が鳴った。

女の投げたナイフがクレイルの張ったシールドの一つを壊したのだと、わかった。


「なっ、ばかな!」

クレイルが驚き、悲鳴に近い声を上げる。

クレイル得意のオールシールドはすべての属性を使ったシールドだ。

強力な全属性攻撃を同時にぶつけでもしなければ、こんなに簡単に壊れることはない。


「ふん、これがブローザ様の力だ。ブローザ様の作り出した魔法薬は古代遺跡の障壁にだって通用する。今まで入ることのできなかった遺跡の先へ、この魔法薬の力があれば進行できる」

得意げに覆面の女は持っているもう一本のナイフをちらつかせる。

「今、そこの少年にかかっている魔法も、ブローザ様が発見した古代遺産の、未解明の魔法陣の効果だ。これを解読すれば、古代文明の解明への道につながる。それが人類にとってどれだけの貢献になるか分からないか?」


 男の攻撃を捌き、隙を生ませるとアーデスは女へと氷の塊を飛ばす。

先は鋭く尖っており、当たれば十分な致命傷になる氷の刃だ。

女は素早く身をひるがえして、ナイフで刃を弾いた。

魔法でできた氷の塊はナイフに当たった瞬間に砕け散ったように見えた。


 アーデスへ向けて男が突進を繰り出し、女はまた儀礼へと向かう。

二人の役割は元から決まっていたようだ。

儀礼もクレイルも武人ではないが、最大限の構えを見せる。

一般人であるガスカルも、今は牙を向きだし、グルルと低く唸っている。


 覆面の女がアーデスと対峙できるほどの武人であるなら、どれほど頑張ってもクレイルとガスカルに勝ち目はない。

ただ、女の狙いは儀礼だけであり、ガスカルは傷付かないように気を使っている様子。

「オールシールド」

クレイルは集中して頑丈なシールドを張りなおした。

破られるなら、二重、三重にしていくしかない。

時間を稼げば、アーデスや、他の儀礼の護衛たちが何とかしてくれるだろう。


 パァン。

すぐに、シャボン玉状のサイレントシールドは壊れた。

こちらは元々防衛用ではないため、それほどの頑丈さはない。

女は二撃、三撃とクレイルの張るシールドへと攻撃を続ける。

どちらが速く動けるかの力勝負の体を擁してくる。


 早くもクレイルの額には大量の汗が浮いている。

こんな、命がけの実践は、学院で経験したことがない。

女がもう一本ナイフを取り出し、両手での攻撃に切り替わった時、クレイルの張るオールシールドは数を減らし、遂に最後の一膜を無くした。

読んでいただきありがとうございます。

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