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ギレイの旅  作者: 千夜
19章
507/561

白の涙

 白は部屋を飛び出してから、そのまま宿の外へと走っていた。

「信じられない、何あれ! ギレイ君があんなんだなんて思わなかった……。」

ぶつぶつと言いながら、走り続ける白。


「待ってください、シャーロ様。お一人で外へ出ては危険です。」

後ろから、エンゲルが追い付いてきた。

「危なくなんてない。私は自分の身くらい自分で守れる。」

走るのをやめて、白は早歩きで歩き始めた。


「そうおっしゃらず、どうか私を側に。いつでも着いて行きますから。」

エンゲルは優しく微笑んで言った。

その顔を見て白はほぉ、と息を吐く。

「私がたくさん隠してるから、言えることじゃないけど……。でも、なんか全然知らなかった。知らなかったから……ショック……なのかな。」

幾分か歩く速度を落とす白。


「彼らは単なる護衛です。それほど深く関わらない方があなたのためですよ。」

エンゲルはなだめるように白に言う。

(ギレイ君て、弱いし、すぐ泣くし、なんか女の子みたいに思ってたのに。)

優しくて、いつでもさりげなく白を助けてくれる。姉のような存在。

そう思っていたのに……。


 ポタッ

何かが白の頬を伝って地面に落ちた。

(雨?)

白は空を見上げた。

暖かい春の雨とは言え、濡れたら風邪をひいてしまうかもしれない。


 だが、空はうすい水色が覆っているだけで、雲の塊も見付からない。

 ポタッ

今度は反対の頬を水滴が伝う。

 ポタッ ポタッ

続けて落ちていく水滴と、頬の水跡が風に触れて冷たい。


 ぬぐって初めて、白はそれが涙だと気付いた。

「!……なんで?」

白は自分で驚いていた。

なのに涙は止まらない。

自分が泣いているのだと知って、何故が悲しい気持ちが押し寄せる。


 『ショウフ』

儀礼の声が頭をかすめた。

そんなの、珍しいことでもないし、白は別に差別意識があるとも思っていなかった。

(何がこんなに悲しいんだろう……。)

白が自分の気持ちに戸惑っていると、泣いている白に慌てていたエンゲルがハンカチを差し出す。


「どうなされたのですか? あなたがそのように心を痛めるなんて、そんな必要はどこにもないのに。」

エンゲルが苦しそうに顔を歪めている。

「あなたの前で無礼を働いたと、不敬罪で打ち首にでもいたしましょうか。」

半分以上本気っぽい様子で言うエンゲルに白は首を振る。


 儀礼のことを言ってるんだとわかった白は慌ててエンゲルを見た。

自分が勝手に泣いているだけなのに、理由もない理由で儀礼を死なせるなんてあんまりだ。


「なんか……分からなくなったの。私の心も、ギレイ君の心も。私はギレイ君をもっと知ってるつもりだったのかも。なのに、全然わからなくて……。」

白はハンカチで涙を拭う。

「シャーロ様、管理局へ行ってみませんか?」

エンゲルが言った。

突然の申し出に白は首を傾げる。


「昨日、黒獅子が言っていたのです。『儀礼のことを知りたければ管理局に行ってみろ』と。何が分かるのか知りませんが、どうでしょうか?」

エンゲルは優しく白の髪をなでた。


 昨夜のこと、エンゲルは儀礼を痛め付けた後、それが自分の勝手な思いからやったことだということに少し後悔していた。

そして、浴場で獅子に会った。

若くして『黒獅子』という二つ名を持つ通り、彼は並外れている。

同郷だということは分かるが、彼ほどの腕があればいくらでも強いメンバーと組めるだろうに、何故足手まといにしか見えない儀礼と組むのだろう、とエンゲルには不思議だった。

確かに、あの初めて見た武器と、体が動かなくなったのには驚いたが、仕掛けさえわかっていれば、次は喰らわない自信がエンゲルにはある。


**********


「何故、ギレイ・マドイと組んでいるんだ?」

エンゲルの言葉に獅子は一瞬目を開き、次にまたかというように苦笑した。

「俺が、あいつといたいから一緒にいるんだよ。お互いよく分かってるしな。」

「だが、さらに上を目指すこともできるだろう。」

あまりにももったいない、と思いエンゲルは問いかけた。


「上ってなんだ? 名を売るとか、有名になるとか別にいらねぇよ。それに……儀礼は深いよ。俺なんかよりずっと。知識があるとか、頭がいいとか、そんなのもあるけど、そんなのより計り知れない。みんな俺があいつを守ってると思ってるみたいだけど逆だぜ? あいつが俺を助けてくれてるんだ。実際あいつは俺以上の護衛をつけられるんだしな。」

そう言う獅子はどこか嬉しそうだった。


 管理局からの護衛を儀礼は一言で断っていた。

『獅子がいるからいらない。』

当時まだDランクだった獅子と、Bランクの護衛を比べて、迷わず言ったのだ。

当然、獅子はBランクの冒険者をその場で倒した。

儀礼の助言を得てだが。


「黒獅子があいつの護衛がわり、ということか?」

「ん~、まぁそれもあるけどな。俺が無理やりついてきた理由だし。ま、もっと儀礼のこと知りたきゃ管理局に行って聞いてみろよ。面白いぜ。」

最後の一言はずいぶん含みのこもった調子で、獅子はにやりとしていた。


**********


 その話を思い出し、エンゲルは白を連れて管理局へとやってきた。

受付にギレイ・マドイについて聞きたい、と告げると、受付けの女性はたちまち目の色を変えた。

「どうぞ、奥の部屋へ。」

受付の人の声は固かった。


 通された部屋は特に変わった様子はない、ただの応接室のようだった。

少々質素なソファーとテーブルがある。

ただ一つ、防音性だけは抜群に高い部屋らしい。


「ギレイ・マドイ様について、聞きたいとおっしゃられるのですね。」

対応に来た男が言った。

黒いスーツのような服を着た男は、ある程度偉い役どころなのだろう。

「ええ、そうなんですが……。」

随分と仰々しい様子に二人は面食らっていた。

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