話し合い
5人が一部屋に揃っている。
話し合いをするいい機会だと、儀礼は考えた。
それは白付きの騎士であるロッドも同じ考えであるようだった。
いや、ロッドの考えは儀礼とは少しだけ違っていた。
儀礼がどう考えているのか、どこまで知っているのかが気になっていた。
「少し、お話をしませんかな?」
思慮深い瞳で儀礼を見てロッドが言う。
「ええ、いいですよ。僕も今回の仕事について話を詰めておきたいと思っていましたから。」
にっこりと微笑んで、儀礼は答える。
「んじゃ、白。俺達は町の中でも散策にでも出掛けようぜ。」
難しい話は儀礼に任せると言いたげに、獅子は白を誘う。
町の中で美味しいものを食べるのが目的だろう、と儀礼は呆れた目で獅子を見送る。
「シャーロ様、お供いたします。」
エンゲルが白に向かって礼をして、後に続く。
3人が外へと出ていったので、儀礼は部屋に備え付けのポットを利用してお茶を淹れる。
「熱いですがどうぞ。」
氷を作る術のない儀礼は、熱いままのお茶をロッドへと勧める。
そして自分もテーブルの席について熱いお茶を口にした。
「かまいませぬ。温かいものは体に優しいと言いますからな。」
軽く微笑んでから、ロッドはそのお茶を一口飲んだ。
「それで、僕に聞きたいことは何ですか?」
世間話でもするような気軽さで、儀礼はロッドへと話し掛ける。
「そうですな。何をどこまで知っていらっしゃるのか、お聞きしたいところですな。」
目を細めて、ロッドは言う。
「何をどこまで、ですか……。」
考えるようにして、儀礼は手に持っていたカップをテーブルの上へと置く。
まさか、「全てを知っています」、などと言うわけにはいかない。
儀礼の優秀な友人達は、世界中から、驚くような情報を集めてきていた。
一度など、シエンにある儀礼の実家の資料庫が襲われかけ、儀礼が遠隔操作で敵の相手をしていたが、押されて、防御壁を破られそうになり、儀礼は助けを求めるために、アーデス達の居所を朝月の力で探った。
そこで儀礼が見たものは――。
団居家の資料庫へと押し入ろうとしている、覆面を被ったアーデスとコルロの姿だった。
『人の家で何やってるんですか!』
スピーカーを使って、儀礼は思わず叫んでいた。
儀礼の資料が見たいのならば、実家になど乗り込まず、儀礼に直接言ってくれればいいのに、と儀礼は思う。
程なくして、侵入者の気配を察知したらしい『黒鬼』重気が、雄叫びを上げて突っ込んで来たので、二人の侵入者は一太刀、二太刀、剣を交わして、光の陣の中へと消えていったのだが。
一体、何がしたかったのだろうか。
儀礼には未だに理解不能だ。
そこまで考えて、儀礼は意識を目の前の相手、アルバドリスクの騎士、ロッドへと移す。
じっと儀礼を見る瞳は、観察しているようにも感じられる。
「まず、何を知っている、ということから言うならば、アルバドリスクの内情ですね。」
何を話そうかと考えるように、唇に指を当てて儀礼は話し始める。
「アルバドリスク国内は今、内乱により混乱しています。国王に反発する貴族達が兵を集め、王宮へと攻め込もうとしています。」
ロッドの反応を見ながら儀礼は言葉を進める。
まだ反応がないところを見れば、儀礼が知っていてもおかしくない内容のようだ
「アルバドリスクの王族には精霊の守護があります。その守護がアルバドリスクという国、全土を豊かに潤わせてきた。」
儀礼の言葉をロッドはただ静かに聞いている。
「そのため、今まで表立って王に叛く者は少なかった。今回の内乱にはどこか他国の後押しがあると、考えられます。」
「その国、どこだとお考えかな?」
瞳を光らせるように真剣な表情で、ロッドは儀礼の顔を見つめる。
「ユートラス。」
迷うことなく、儀礼は告げた。
穏やかな物腰、丁寧な話し口調。
このロッドという人物を、そういう性格だと思うこともできるが、それにしては、ただの一般人である儀礼に対して丁寧過ぎる。
エンゲルに対して注意して見せた態度などから見るならば、この男には、儀礼が『蜃気楼』であると知られていると考える方が良さそうだった。
『黒獅子』と共にいる、金髪、白衣、茶色の瞳。
少し情報に通じる者ならば、気付いてもおかしくはない。
「同盟を信じるならば、フェード、ドルエド、ではまずない。そしてユートラスは常に他国を狙っています。」
そう、ユートラスは元よりアルバドリスクを狙っているのだ。
「アルバドリスク内に、国王を裏切った者が出てきたと?」
「そうなったから内乱が起こったのではないですか?」
二人は瞳を見合ったまましばらく見つめ合う。
思考の中身を探り合っているようだった。
「確かに、今、アルバドリスクには国王を狙う者が多くある。そして、王宮には一人でも多くの信用できる者が必要だ。」
長い時間の後、深く瞳を閉じ、納得したようにロッドは呟いた。
元々、騎士を束ねる地位にあったロッドと、腕の立つエンゲル。
この、国の危機と言える事態に、すぐにでも駆けつけたかった。
しかし、彼らに課せられた一番の使命は、シャーロ・ランデという人物を守ること。
連れていくわけにも、置いていくわけにもいかなかった。
「白は――シャーロ様は、国王に近い身分にある方ですね。」
覚悟を決めたようにして儀礼は言った。
「僕達に託して行くことはできませんか?」
儀礼は提案する。
1ヶ月とは言え、儀礼と獅子は白のことを守り抜いて見せたのだ。
何より今は、表立って儀礼の裏の護衛達を使える。
――たまに不審な行動はするが。
「僕には、Aランクの護衛が他にもついています。今も、呼べばすぐに来られる程近く。」
「移転魔法の使い手か。」
理解したようにロッドは頷く。
「できうるならば、私どももそうしたい。シャーロ様を最も安全なドルエドの地へ置いて、我らは王を助けに。」
鎧の胸元についたエンブレムを撫でるように触り、ロッドは迷うように口にした。
「シャーロ様の身柄、ドルエドの『蜃気楼』が確かに保護いたします。」
真剣な瞳で、儀礼は言った。
その瞳を受け止めたように、ロッドは頷き、今回の仕事の依頼内容は変わった。




