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ギレイの旅  作者: 千夜
18章
486/561

風の魔法

「では、風の魔法を。使い方は?」

「その場で起こすなら、魔法の発動をイメージして、軽く投げるだけだ。」

コルロの説明を聞き、直径、2センチほどの透明な球体を、儀礼はそっと手で掴む。

見た目は薄い膜で、シャボン玉のようなのに、持つと思ったよりもしっかりとした素材でできているようだった。


 儀礼は、意識をその緑色の種の入った球体に集中する。

そして、透明な球体を投げると同時に唱えた。

「ウィンド!」


 ギュゥーン!

室内を、突風が吹き荒れた。

竜巻のように強力な風が室内を一周し、段々と威力を弱め、最後は、小さなつむじ風となって消えた。


「……っすごい! 僕、魔法使いましたよ!」

瞳を煌かせて、儀礼は感嘆の声を上げる。

「いや、そういうアイテムだからな。しかしこれで、実際、魔法の使えないお前でも扱えるってことが実証されたわけか。」

瓶に入った、残りのマジックシードの山を見て、コルロは複雑な表情を浮かべる。


 これで、コルロは、Sランクの域に片足を突っ込んでしまったことになる。

公表すれば、以前、儀礼が言っていたとおり、賢者として、Sランクの仲間入りだ。

それは、『Sランク』として、苦労している儀礼を見れば、なんとしても避けたい事態である。

アーデスが、Sランクになっていないことも、コルロは最近なんとなく、わざとではないかと気付いてきた。


「さすがだな、『蜃気楼』。」

ポンと、コルロは儀礼の肩を叩いた。

この功績は、コルロではなくSランクの研究者、『蜃気楼』のものである。

これで、コルロは安全な位置で、惜しみなく研究ができるというものだ。


「移転魔法とかって、どう使うんですか? これも他のと一緒?」

コルロの思惑に気付いていないように、瞳を輝かせて、儀礼は改良版のマジックシードを見ている。

「移転魔法は、発動すると、行き先を問われる感じになるから、行きたい場所を思い浮かべるんだ。そうすると、探査魔法で、先に移転先の確認をしてくれるから、認識したら、移転できる。普通の移転魔法もそんな感じだ。」


「これがあれば、僕も魔法使いですね。」

キラキラと瞳を輝かせている少年を見ていると、コルロは、自分の考えていたことが、なんだか愚かなことに思えてきた。

自分で作っておきながら、その功績をまったく自分の物だとは思っていない。

管理局の研究者たちなど、その功績というものを手に入れるために、人を蹴落とし、策略を練り、謀略に掛ける。


 それが、自分たちがやっていることは、まるっきり逆のことなのだ。

功績を他人の物にして、自分の安全を図ろうとは、管理局のSランクとは、一体、なんなのだろう。

コルロは、意味もなく苦笑していた。


「補給は簡単にできるから、身を守るためにでも使え。移転魔法は多めに入れてある。」

「ありがとうございます!」

嬉しそうに儀礼は微笑んだ。


「そう言えば、お前、ちゃんと飯食ってるか?」

「コルロさんまで僕の食事の心配ですか?」

若干、不満そうに眉をひそめて、儀礼はしかめっ面をする。

「お前の、身代わりが見つからないんだよ。アーデスが諦め半分で愚痴ってたぞ。」


「身代わり……?」

思ってもいなかった言葉に、儀礼は眉をしかめる。

そこには、どこか物騒な響きがあった。


「ああ。お前、年末も新年も、公の場にまったく姿を現さなかっただろう。管理局の本部の会合にも欠席で。」

その言葉に、儀礼はあさっての方向を見つめる。

「室内に風が通って、いい空気になりましたね。」

空々しい、言葉を紡ぐ。


「俺達が、『蜃気楼の代理』として、出席して回ったがな、本来はお前が出る仕事だぞ。」

「僕、まだ、顔知られたくないんです。それに、周り中偉い人ばっかりじゃないですか、そんな所、緊張しちゃいますよ。」

偉い人物の筆頭である儀礼が、そんなことを言う。

その目は、まだ遠い空の晴天でも眺めているようだ。


「面倒がってるだけだろう。」

そんな儀礼の様子に、くくくっ、と可笑しそうにコルロは笑う。

「すみません、ご迷惑おかけしてます。」

おとなしく、儀礼は頭を下げた。


 儀礼の護衛となっている5人が、儀礼に代わって、公に姿を出さねばならない仕事をこなしてくれているのだ。

全員が、有名な冒険者達だからこそ可能なことだった。

「そのうち、本当にお前が前に出なければならない場面が出てくる。例えば、どこかの王族に謁見とかな。」

ドルエドの国王とは、すでに顔を合わせた事があるが、そういう、王族に対して、代理人で済まそうとすれば、確かに無礼に当たることになる。


「そうですね。」

考え込むように、儀礼は拳を口元に当てた。

「そこで、各国のSランクたちが使ってるのが身代わり、つまり、影武者なんだよ。本人の安全を守るために、ある程度は認められてる。」

「認め、られてるんですか。」

意外そうに儀礼は声を高めた。


「そうなんだが、今のお前の身代わりを用意するのはなぁ。……。」

言いよどみ、コルロは儀礼の頭の上に手を置いた。

「この大きさで、Aランクの実力持ちってなると、子供か女だからな。お前、そういう連中を身代わりにするのは絶対文句言うだろう。」

「えーっと、色々な意味で、反発心を持ちますね。」

頬を引きつらせて、儀礼は言った。


「シュリを使うかって案も出たんだが、あいつはお前ほど機械には精通してないからな、ぼろが出ると困るだろう。」

「ぼろが出るかどうかより、友達を自分の身代わりにされるのが困ります。」

儀礼はきっぱりと言い切った。

「そうだろう。だからな。もう少し、育て。」

ぽんぽん、とコルロは儀礼の頭を叩いた。


「俺ら位の身長になってくれれば、金髪にサングラスに、白衣で、お前の容姿は特徴を捉えやすい。十分、ごまかせるんだ。」

「……僕だって、気にしてるんだ。そんなの、僕のせいじゃないだろう!」

いつの間にか、涙目になって、儀礼は訴えていた。

「僕だって、早く獅子くらい大きくなりたいよ。ちょっと、周りの人見下ろしてみたいさ!」

くそぅ、と悪態をついて、儀礼はその場にしゃがみ込む。


「まぁ、焦ることはないさ。王族からの面会の申請なんて、十年に一度、あるかどうかだからな。お前だって、伸び盛りなんだ。これから伸びるって。」

くしゃくしゃと儀礼の髪を撫で回して、コルロは、移転魔法で、来た時のように消えていった。


「……絶対大きくなってやる。」

独りになった研究室で、儀礼はポツリと呟いた。

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