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ギレイの旅  作者: 千夜
17章
473/561

獅子の婚約

 死に掛けた獅子。

 今は病院のベッドで深い眠りについている。

 儀礼が傷の応急手当はしたが、流れ出た血が多かったことと、胸の近くの傷が深手になっていた。

 病院で、魔法使いに治療の魔法をかけてもらったが、ヤンがするようにすぐには回復しなかった。


 それに、流れ出た血液までは魔法では回復できない。

 獅子はいつ目覚めるか分からない、と医師に言われた。


 そんな獅子の寝顔を見ながら、病室に置かれた椅子に座って利香は一人、泣いていた。


「どうしてこんな無茶をするの? どうして旅なんてするの? 私と結婚するのはそんなに嫌?」


 ずっと、ごまかされていたけれど、それでも利香は、獅子の優しさを感じていた。

 利香の窮地にはいつでも助けてくれる腕。

 利香が泣けば、いつでも頭を撫でて慰めてくれた。


 獅子は決して利香を嫌ってはいない。

(いつでもそう思えたのに……。ずっと側にいるって信じていたのに)

 泣いていたって仕方ない、それは分かっているのに、利香の涙は止まってくれない。

 胸の内から、内から、溢れてくる言葉のように、止め処なく流れていく。

 膝の上に握り締めた手の上に、温かい水滴が落ちてくる。


「獅子は知りたいんだよ」


 そっと、利香の手の上にハンカチが差し出された。

 いつの間に病室に入ってきたのか、利香の背後に儀礼が立っていた。


「自分の生まれた国を、世界を、『黒鬼』と呼ばれる父親の経験したことを」


 儀礼は眠り続ける獅子を見た。


「獅子のお父さんはあの通りだから、獅子が村に帰ればきっと旅に出る。そうしたら、『黒鬼』を求めて来る者と戦うのは獅子だ」


 ゆっくりと、静かな声で儀礼は利香へと語りかける。


「獅子は負けられない」


 黒鬼の子として、『黒獅子』として、光の剣の守護者として、道場の主として、そして、利香を守る男として……。


「だから、知りたいんだろう。将来戦うだろう相手達を」


 儀礼はそっと利香の頭を撫でた。


「君といる、未来のために」


 利香は、ハンカチで目元を拭いながら儀礼を見上げた。

 透けるような金色の髪に、優しい茶色の瞳。


「でも、もし了様がこのまま起きなかったら……」


 甘えられる相手を見てしまったせいか、また利香の目から涙が流れ始める。

 ふぅ、と心の中で溜息をして儀礼は眠る獅子を見た。

 体の傷は深かったが、すでに治療は済んでいる。

 深い眠りに入ったのは、体が急激な回復を求めているからだろう。


 もう一人の、獅子と闘っていた、ジマーニという男も治療は済み深い眠りに落ちている。

 ただし、そちらの眠りは、儀礼の持っていた薬品の影響もあるのだが。

 命に別状はないようなので、管理局が身柄を受け取りに来るまでの間、おとなしくしていてもらうだけだ。


(気付けが必要か?)

 眠る獅子に儀礼は問い掛ける。

 心配しているのだ。涙を流し続ける利香を見て、獅子にほんの少し、意地悪をしてやろうと、儀礼の心が告げる。


「ねぇ、利香ちゃん。もしこのまま獅子が起きなかったら、僕と結婚しない?」


 親指で利香の頬の涙を拭いながら儀礼は言った。

 言葉が理解できないのか、呆けている利香。

 クスッと笑うと、儀礼は続ける。


「もちろん、毎日獅子の側にいて構わない。でも、それでは食べていけないだろ? 一生親の世話になる? 拓の荷物になる? そんなの、嫌だろう。僕なら、利香ちゃんと暮らすのは嫌じゃないし、獅子が目覚めたら別れたっていい」


 そう言いながら、儀礼は利香の両頬に手を添える。

 利香はただ驚いているようで、目を見開いてされるがままになっている。

(ほら獅子、目覚めろよ)

 視線を利香に向けたまま、儀礼の心は獅子に語りかける。


「身体を求めたりなんかしない」

 その言葉を聞いた瞬間に、利香の顔が真っ赤に染まった。

 迫ってくる儀礼の顔に、後ずさろうとして、椅子の背もたれに邪魔される。


「儀礼君……?」


 状況に危機感を感じた利香だが、出た声は上ずっていた。


「僕と結婚して……」


 瞳を閉じた儀礼が、利香の顔にゆっくりと近付いてくる。

 外そうともがくが、利香を抑えている儀礼の細い腕はびくともしない。


 儀礼の唇が、息遣いが分かるほど近付いた時、利香は思わずギュッと目をつぶった。

 利香の目から涙が零れ落ちる。

 その時、儀礼は背後で蠢く気配を感じた。

 同時に肌の焼ける感覚。


「やっとお目覚めか……」


 儀礼の声は硬い。


「人の女に何してる!!」


 低い、今までにない獅子の怒りの声。


「……婚約もしてないだろう?」


 儀礼は言った。精一杯の棒読みのセリフを。そうしてゆっくりと二人の間から後ずさる。

 獅子はベッドから起き上がると、無言で利香の前まで歩いてきた。

 そして、首に付けていた飾りを利香の首へとかける。


「俺が村に戻ったら、結婚しよう」

「はい」

 利香は嬉しそうに答えていた。


 ******


「本気で殺されるかと思ったよ」


 儀礼が苦笑しながら言う。

 いつものごとく、拓の連れて来た馬車の前だ。


「お前が悪いんだろう! もしあの時、俺が起きなかったらどうしてたんだよ」


 まだ根に持っているらしい獅子。ちくちくと儀礼の肌が痛む。


「ん~、役得?」


 儀礼は自ら地雷を踏んだ。


 前と後ろから、2人の男の腕が襲い掛かってくる。

 後頭部と腹に一撃ずつ拳を喰らい、儀礼は地面に倒れる。


「くぅ、コンビネーションかよ……」


 目元に涙を浮かべて儀礼は呻いている。


「でも、儀礼君が意外に女慣れしててびっくりしました」


 と、獅子の婚約者となった利香が追い撃ちをかける。


「利香ちゃん、そんな。人聞きの悪い……」


 言いながら、儀礼は涙を拭う。

 味方のいない状況にどこか寂しそうだ。


 一方、利香はとても機嫌がいいようだった。

 それもそうだろう。

 獅子からのプロポーズを受けたのだから。

 利香の胸元にはピンク色の石が小さくも確かにその存在をアピールしている。

 利香の誕生石、ピンクトルマリンだ。


 儀礼達の故郷では、婚約の証に相手の誕生石を送る。

 先日、グラハラアの町で、小さいながらも、綺麗な物を見つけて、儀礼は獅子に勧めたのだ。

 そして、獅子はその石を自分で買っていた。

 婚約の証を送るための前芝居だった、ととって、獅子も今回のことは、それほど怒るのを控えているのだ。


「でも、そのピンクの石を獅子が身につけてたと思うと笑えるよね」


 いつになく怖いもの知らずな儀礼。肌が焦げそうな勢いだ。


「え、でも可愛いと思います」


 恥ずかしそうに俯きながら利香が主張した。


「あー、そうか?」


 と、頬を掻く獅子。照れながらも顔は苦笑している。


「……拓ちゃんにもいい出会いがあるといいねぇ」


 ほのぼのとした二人を見て、儀礼は言った。


「自分の心配してろ!」


 拓は儀礼のお腹に蹴りを放つ。

 ボスッ。


「うぅ」


 みごとにきまり、儀礼は再びしゃがみ込んだ。


「ふぅ。じゃ、そろそろ行くか」


 満足そうな表情で、拓が馬車に乗るよう、利香を促す。


「はい」


 いつになく、素直な利香。石の効果だろうか。

 二人が乗り込み、馬車が走り出す。


「気をつけてな。頼むぞ、拓」


 獅子が二人に手を振る。

 窓から顔を覗かせながら、利香が手を振り返す。


 獅子の隣りにしゃがみ込んだ儀礼が、顔を下に向け、呻いたままの姿で弱々しく手を振っているのが見えた。

 それを見て、利香はくすり、と笑った。


「どうした?」


 拓が聞く。


「なんだか、儀礼君て、小さな弟みたい」


 微笑みながら利香は言う。

 以前、思わず儀礼の頬にキスしてしまった時のことを思い出した。

 その時、儀礼は、顔色一つ変えずに利香に言った。

『いいかげん、僕のこと弟扱いするのやめなよ』と。


 その時も、すんなりと利香の心に入ってきた言葉は、今また、利香の心を落ち着け、さっきの儀礼の暴走のごとき行動を納得させる。

 利香の記憶の中の小さな儀礼が、『お姉りかちゃん、僕と結婚して』とねだる。

(……可愛すぎる)


「私と了様の二人の弟で、なんだかもう家族になったみたい」


 嬉しそうに笑う利香に、拓が嫌そうな顔をした。


「了が弟になるのは構わないが、冗談じゃない。あの泣き虫と兄弟なんて、考えるのも嫌だね」


 走る馬車の中、拓は後ろの窓で、豆粒ほどになった儀礼を指ではじく。

 それを見て、利香は苦笑する。


(いつか、二人がもう少し仲良くなればいいのに)

 利香は思うが。


「死んでもありえん」


 拓の否定の声が馬車の中で響いて消えた。

2019/1/30、修正しました。

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