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ギレイの旅  作者: 千夜
17章
470/561

アルタミラーノの資料

 フェードのある管理局で、儀礼はパソコンの画面に張り付いていた。

 それは、アルタミラーノの残した資料の数々で、本来は彼の弟子であった研究者達に残されたものであるのだが、アルタミラーノの部下であったバシリオたち研究者らは、儀礼への開示を許可したのだった。

 そのため、儀礼は今その貴重な資料へと没頭し、何もかもを忘れて、熱心に見入っている最中なのである。


 機械大国カイダルで生まれ育ったアルタミラーノの資料は、儀礼が今まで知っていた世界とは、まったく異なる文明を持っていた。

 左から右に流して読むのはもったいない、と儀礼は一行一行を一言一句覚えるほどの集中力で熟読していた。


「食事くらいちゃんとしろ」


 パソコンから離れない儀礼へと獅子が注意を送るが、まったく聞く耳を持っていない。

 利香が、そっと皿に盛った昼食をパソコンの横のテーブルへと運んでいく。

 それにすら、気付かないようで、儀礼は片時もモニターから視線を離していない。


「だめだな、ありゃ」


 溜息のような、呆れた声で獅子が言う。


「儀礼君らしいですけどね」


 くすりと利香が笑った。


 その時、少し離れた町の中に現れた気配に、獅子は気付いた。

 敵意あるものではない。

 よく見知った者の気配だ。


「利香、拓、ちょっと出掛けてくる。客が来たみたいだ」


 光の剣を持つと、マントを羽織って獅子は管理局の上等な研究室を後にする。

 その後ろ姿を、利香だけが寂しげに見つめていた。


 獅子が管理局から出れば、すぐに遠くから飛んでくる紙の巻かれた石ころ。

 音もなく獅子はそれを受け止める。


『黒獅子を狙う者がいる。注意しろ。近くの町にまで来ている。相手の狙いは『光の剣』だ。』


 紙にはそう書かれていた。

 手紙をよこした者の気配はもう町の中にはない。


「これだけかよ」


 クシャリと紙を握りつぶして、獅子は周囲を見回す。

 近くの町にまで来ているとは書かれているが、まだこの町に着いている様子はない。

 獅子への敵意は感じられなかった。

 しかし、自分が狙われていると知って、利香のいる管理局へ戻ることはためらわれた。

 気配は感じなくなったが、この手紙を送ってきたクリーム・ゼラードはまだ、この町の近辺に身を潜めて、その注意すべき人物を見張っているはずだ。


 獅子が闘気を高めれば、答えるようにクリームが居場所を示す。

 紙にざっとペンを走らせ、獅子はクリームがしたようにその石に闘気をこめて投げ放った。

 獅子は遠くで薄茶の髪の人物が、その石を受け取る姿を確かに確認した。

 獅子が紙に書いたのも短い文章。いや、たった一言。


『儀礼の足止めを頼む』


 今度来る客は、獅子への客だ。

 研究資料に没頭するような、文人の儀礼を武人同士の戦いに巻き込みたくはなかった。

 まぁ、足止めするまでもなく、当分の間はアルタミラーノの資料に夢中になっていそうなのだが。


「一人で行く気か?」


 獅子のすぐ側でその声はした。


「俺の相手だ。俺が行く。これから先も光の剣を守っていくなら、必要なことだろう」


 真剣な瞳の獅子に、クリームはしばらくじっと獅子を見ていたが、諦めたように頷いた。


「無茶はするなよ。相手は魔剣の収集家だ。剣の腕前も確かなものだ。無理だと思ったらいつでも呼べ」


 砂神の剣を撫でるように示して、クリームは言った。


「その剣も、収集家には集めたい代物なんじゃないのか?」


 クリームはにやりと笑った。


「動きそうな奴は見張ってるんだ。今回もそのおかげでいち早く動きを掴んだ。まぁ、奴が執着しているのは『光の剣』の方だったみたいだけどな」


「場所は?」

「ここから西に行った町だ。向こうが町を出発していれば、道中で出会うことになるかもな」

「その方が町に被害がなくて楽なんだけどな」


 以前の、ヒガとの戦いを思い起こして、獅子は苦笑した。


「ちゃんと倒して来いよ」

「ああ。儀礼を頼む。今、普通じゃない状態で、周りが手薄らしいんだ」


 黒髪を掻きながら獅子が言えば、分かってるという風にクリームが頷く。


「ニュースになる程の騒動に関わってたんだろう。Sランク二人の行動に、世間は驚かされっぱなしだ」


 アルタミラーノの実験に対する称賛と、その死を悼む声が世界中から上がっていた。


「あたしらは普段から振り回されっぱなしだけどな」


 小さく苦笑して、クリームはその町に残り、獅子は後ろ姿を残して、挑戦者の元へと走り去っていった。


「手を出すのは無粋。しかし……気をつけろよ」


 黒髪の少年の見えなくなった方角を睨むように見つめながら、クリームはポツリと呟いていた。


「さて、あたしも自分の仕事だな。ギレイの周りの確認をしておくか」


 獅子を見送った後、クリームは管理局周辺へと向かったのだった。

 もちろん、その姿を人前に見せることはせず、影の中を走り、気配を断ったまま、護衛の代わりを務めるのだった。


 その頃の儀礼はといえば、もちろん、まだ、パソコンに送られてきた大量の資料に熱中しており、周囲で何が起こっているのかなど、気にもしていなかった。


 列車飛行に直接関わったヤンは、事件の後処理に追われ、とても忙しくしているらしい。

 その忙しさに、儀礼はアーデス達へとヤンを手伝うように指示を出しておいた。

 ついでに、可能な限り、カイダル国の情報を集めてくるようにも頼んでおいたので、次々と送られてくるその資料からも儀礼は目が離せないでいた。


 今まで、守秘を貫いてきた国のたくさんの極秘の情報。

 それを見る儀礼の瞳はキラキラと輝いていた。

2019/1/30、修正しました。

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