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ギレイの旅  作者: 千夜
2章
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光の剣(ひかりのつるぎ)

 男の屋敷を出た後、儀礼は獅子と利香の待つ宿へと向かった。時間はすでに夜になっている。

 宿では獅子が待っていた。利香は疲れて眠ってしまったらしい。

「どうだった?」

 儀礼が獅子に聞く。

「ああ、お前の言う通り、かなりの額もらえたぜ。びっくりしたよ。しかも俺なんかランクもBに上がったし。俺だけがやったんじゃない、つってもなんか流されてさ」

 ちょっと不満げに獅子が言った。

 獅子はギルドの方へ、盗賊団の盗んで持っていた古代遺産の『廃棄処理』として届けを出してきたのだ。

「まぁ、良かったじゃないか。僕は明日にでもナイフと矢を清めてもらってくるよ」

 鞄に入っている黒く濁ってしまった矢とナイフ。


 六芒星に使った物は良かったのだが、実際にとどめに使ったナイフと、体に刺した矢はだめだった。

 呪いを受け、聖紙か聖布にでも包んでおかないとすぐに邪気がたまるのだ。

 邪気は、魔を呼び寄せ、時には人を狂わせる。

(まぁ、怒気除けには丁度よかったけど)

 楽しそうに笑う儀礼に、獅子は見てはいけないものを見てしまった気分だった。


「あ、あと管理局にも破片届けに行かないと」

 思い出したように儀礼が言うと、

「俺も」

 と獅子が言った。

「え? ……何かあるの?」

 心底不思議そうに儀礼が言った。

 管理局は主に文人が使用する。完全なる武人の獅子が行くなんて、図書館以上にありえそうにない。

「それが、今日貰った剣に保証がいるとか何とか言ってたんだ」

「剣?」

 獅子の言葉に儀礼は首をかしげた。

 言われてみれば確かに、管理局では宝具や魔剣なども扱っている。

 そっちなら獅子が関わってもおかしくはないが、……べらぼうに高い。

 一般人には一生かかっても手に入れられないような物だ。

「貰ったって……?」

 儀礼はなんだか嫌な予感がした。

「いや、俺もさ、今回みたいな時は武器があったほうがいいなぁと思ってさ。今回は友人に借りたって言ったら、倉庫の余ってる物で気に入ったらくれるって言ってさ。報酬にな」

「それで? 何を選んだの?」

 嫌な予感はより強くなる。

 悪いことではない気もするのだが、何か大変なことになりそうな。


「ん~、いくつか待合室に持ってきてくれて、迷ったんだけどさ。真ん中辺りにあった剣がなんかこ~、光ったみたいな気がしてさ。あの、お前の魔方陣みたいにさ。きれいだなぁ、て思ったから、これがいいですって言ったら、なんかみんな笑ってさ」

「笑った?」

(笑うような武器?)

「抜けたらいいよ~、ってギルドのおっちゃんが言うから何かと思ってさ。床に半分くらい刺さってんだよ。誰かのいたずらだろうな。じゃ、これにしますって言って抜いたら、なんか、大騒ぎで――」

 獅子がそこまで言ったところで儀礼は手の平を獅子に向け、話しを止めた。

「ちょっと待って、獅子。抜いた? 床に刺さってた剣を?」

 一瞬考えた後、儀礼は獅子に詰め寄っていた。

 儀礼の少女のような顔は間近に見ると、男だと分かっていても、不必要に焦る。

「あ、あの剣だ」

 壁に立てかけてある剣を指差して獅子は言った。


 儀礼は剣の方へ視線を向け、それからゆっくりと近づいていく。

(……本物だっ)

 立てかけられた剣は、少し幅広で、騎士などが使う普通の剣よりも少し長いようだ。

 獅子は背の低い方ではないが、まだ成長途中の今では、少し不相応に思える。剣の長さは儀礼の胸の辺りまである。

 鞘と柄の装飾は、金と銀に白の縁取りで模様が入っている。見るだけでも十分美術品としての価値がある。

 剣の柄には、太陽を象徴する赤い宝石。鞘には空を表す青い宝石。

 その大きさもさることながら、その透明度は、現存する数が極端に少ない。

 まさしく、国宝級の、いや、世界の遺産とも言える剣。


「光の剣(ひかりのつるぎ)……」

 呆然としたように儀礼が呟いた。

「知ってるのか?! その剣! 名のある剣てのはすごいな。切れ味も抜群だ」

(……何を切ったのかはあえて聞かないでおこう)

 儀礼の考えは正しいかわからないが、ギルドの石門がその日誰かに切られていたことは、翌日少なからずの騒ぎになる。もちろんそれをやったであろう剣と、その持ち主の名と共に。


「確かに、コレは管理局の扱いだな」

 言いながら儀礼は剣を抜いてみようとしたが、鞘が固くまるで動かない。

 その様子を獅子は不思議そうに見ている。

(そうか、さっき邪気に触れたんだったな)

 儀礼はちらりと呪われた武具へと視線を送ると、目をつぶり気を静める。

 スゥ

 剣は静かに引き抜かれた。

 冴え渡る刀身。

 現存する最強の金属をして鍛え、神より祝福を受けた宝剣。

 闇を払い、悪を討つ、聖剣。ライトニングブレイド。

 いにしえの時代に作られた、失われし製法の古代遺産だ。

(きれいだ)

 儀礼はただ見入っていた。

 獅子が後ろからきて、儀礼の上から剣の柄を握る。

「気をつけろよ、名剣は人を魅了する」

「うん」

 ありがとう。と、儀礼は剣から手を放した。危うく引き込まれるところだったようだ。

(獅子はさすがだな。昼間同じように邪気を浴びたはずなのに……)

 きれいにそれを浄化している。

 武闘は身体と共に精神を鍛える。獅子は幼い頃からそれを教え込まれていた。

「まさか、それを抜いてしまうなんてね……」

 笑いを含んだ声で儀礼が言った。

(まったく君は規格外だ)

 剣を鞘に収めながら、何だ? と獅子が振り返る。


「前の持ち主が、ギルドの床に刺してから30年間、抜ける者がいなくて、伝説と言われてた剣だよ。光の剣って言えばね」

「30年間~?! そうなのか? 簡単に抜けたぞ」

 疑わしそうに獅子は言った。

「獅子に邪気が無かったからだろ。単純だからかな? 悪意のある者には抜けないって一種の呪いみたいのがかかってるんだよ、その剣は。さらに前の持ち主が強固に魔法をかけて床に刺したって話だ」

 以前、本で読んだことを獅子に説明してやる。

「へぇ~」

 大したことでもないように、獅子は言った。

「でも、剣はいいもんな。伝説の剣なんてかっこいいし」

「……」

 嬉しそうな顔をする獅子を前に、儀礼は嫌な予感の先に行き着いた。


「はぁ~」

 深いため息をつく儀礼。

「どうした?」

「いや、まじで伝説の剣なんだよね。剣が抜けないならさやだけでも欲しいって、三回は盗まれてる。剣が抜けたなんて知ったら、それこそコレクターとか、マニアとか、いろんなやつが欲しがるだろうね」

「……それで?」

「逃げよう」

 儀礼は眼鏡をかけると同時に呟いた。儀礼が眼鏡をかけるのは、外と距離を置こうとする時だ。

「今日、このまま管理局に行って、保証書を貰って来よう。で、今夜中にこの町を出る」

「なんでそんな急ぐんだよ。明日でもいいだろ?」

「明日になれば、噂を聞いたコレクターや武人やら盗賊紛いやら、わけの分からない連中にこの宿は取り囲まれてるさ。そうなる前に、姿を眩ます」

「別に悪いことしたわけじゃないだろう?」

「悪いのは奪おうとする奴らだ。いくらでも出す、売ってくれってのならまだわかる。でも、ならず者共を雇って無理やり取ろうとしたり、腕のある奴が自分の物にしようとしたり」

 儀礼は、珍しく顔をしかめている。


「そんな奴ら、返り討ちにしてやるさ」

 獅子は自分の手の平に拳を叩きつけている。

「……『黒鬼』級のが来てもか?」

 半ば睨みつける様子で儀礼は獅子の目を見た。

『黒鬼』の言葉に、獅子の顔は引きつった。

「親父級の野郎が来るってのか……?」

 ゴクン。

 知らず、獅子はつばを飲み込んでいた。

『黒鬼』一昔前に名を馳せた豪勇で、獅子の父親だ。

 冒険者としてはSランクで、とてつもなく強い猛者だが、英雄ではない。

 鬼のように大きな体と、驚異的な力。全身を黒い服で覆い、黒い髪と黒い瞳は一瞬でその人を『黒鬼』と連想させる。

 大柄の体によく似合う大声で笑う男で、多くの人に慕われたが、同時に、敵と認めた者には容赦ない残忍さを見せた。

 一晩で死体の山を築いたとか、腕を引きちぎったとか、そんな風説もある。

 今の獅子では決して敵わない。


「まぁ、たいていの人には抜けないだろうけど……」

「だったら持ってても意味無いんじゃないのか?」

「伝説の剣だぞ? 持ってるだけで聖人にしてくれるのがその剣(光の剣)だ」

(うまく使えば世界だって奪える……)

 だが、それは言わないでおく。

「わかった。逃げるってのは気に入らないが……」

 獅子が言いかけた所で儀礼は口を挟む。

「利香ちゃんの命にも関わるしね。抜いた場所に一緒にいたなら当然、連れだと思われてる。人質にするなり、利用しようとする奴がいるだろう。まず、彼女を逃がそう」

「よし決定。策はあるんだろ?」

 即決だった。

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