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ギレイの旅  作者: 千夜
2章
43/561

退魔

 儀礼が旅に出てから2ヶ月余りが経っていた。

 それでも、あいかわらず儀礼は怒りのオーラが苦手なままで、怒りを向けられ、睨まれでもすると忽ち、まともに動けなくなる。

 獅子は冒険者ランクをCに上げたのに、儀礼は未だEランクのままだった。

 だが、相手に怒りがないのならば……。


 儀礼は手元にあった小さな矢と、改造銃を持つと車を降りた。

 大変な状況だと言うのに、儀礼の頭は冷静で、高速度でまわっていた。

(もう一度あいつを封印するか、消滅させないと)

 魔に属する者には普通の武器は通用しない。教会で神の光により清められたものか、聖なる力を秘めた銀。

 人の姿を持っているあの魔物はおそらく高位の悪魔。ただダメージを与えるだけでは倒せないだろう。

(なんとかして押さえないと)

 その間にも、獅子が魔物へと攻撃を開始していた。

 頭への蹴り、しかし、効いていない様子。

(つぼの底にあった六芒星。祖父ちゃんの言ってたことは正しいみたいだ……)


 いつもの儀礼なら獅子の戦闘中、両者から放たれる怒気で、体が固まっていた。だが、今は違う。

 獅子は死ぬ気でいるし、相手は……

 魔物は笑っていた。

 自分に仇なす小さな存在を嘲っていた。

(動ける。お前なんか、怖くない)

 笑わなくなった時が、自分の最後だろう。一睨みで動けなくなる自信が儀礼にある。

(笑ってるうちに封じてやる)


 魔物が空中から、獅子へと突っ込んでいく。

 瞬時に狙いを定めると、儀礼は矢を放った。

 ダン!!

 矢は魔物には当たらなかったが、地面に突き刺さった。

(まずは一矢。あれを起点に)

 儀礼は頭の中に祖父の描いた六芒星を思い浮かべる。

 そのイメージを地面に合わせると、魔物を中心に走り出す。魔物とイメージの六芒星が重なれば、素早く矢を撃ちこむ。

 ダン! ダン!

(二矢、三矢、あと3本だ。大丈夫。僕の狙いに魔物は気付いてない)

 さらに走り、4つ目の星の角と魔物を重ねる。

 ダン!

 わずかに魔物に掠ったが、元々の狙いには外れていない。

(あと2本……)

 魔物はまだ笑っている。

「邪魔じゃな」

 しわがれた声で言い、魔物が儀礼へ炎の玉を放った。

(避け切れないっ)

 炎の熱と衝撃が儀礼を襲う。

「うわっ」

 ズザザザ……

 数m飛ばされたが、咄嗟に後方へ跳んだので軽い怪我で済んでいる。


「大丈夫か?」

 獅子が駆けつけてくる。

「ここは俺がくいとめるから、利香を……」

 獅子の言いたいことは分かっていた。

(でも、それじゃ駄目なんだ)


 ベルトのホルダーから銀のナイフを出し、獅子に渡す。

「矢は後3本だ。普通の武器じゃあいつには効かない」

「儀礼?」

(大丈夫、矢は抜けてない。やってやる。……二人とも死なせない!)

「逃げられないだろ――。やってみる」

 走り出す儀礼の後ろから獅子の声がする。

「おい!」

 魔物が炎の玉を二つ放っていた。

(かわせるか?)

 儀礼が思うと、その横を追い抜く獅子。

「はっ!」

 気合と蹴りで炎の玉を散らす。

(さすが獅子……あれは真似できないな)

 獅子の強さに感心しながら、5本目の矢を放つ。

 ダン!

 矢は魔物の腕を掠めた。銀でできた矢はすぐには修復しない傷をつける。

 だがこの程度では、かすり傷程度にしか効いてないだろう。

(貫通させるつもりで撃ってるんだけどな……。そう簡単にはいかないか)

 儀礼は額に流れる冷や汗を拭うと、また走り出し最後の位置で魔物が重なるのを待つ。


 獅子が、ナイフで切りつけつつ少しずつ誘導してくる。

(ここに連れて来いなんて言ってないのに)

 自分の狙っている先が見えたのだろう。

 銃の射程へと魔物が入る。

 ダン!

 六本目の矢は魔物の残像を貫通し、地面に刺さる。

「なかなか良かったがなぁ」

 魔物が楽しそうに儀礼の方を見る。

(矢はもう一本。六芒星は成功だ。落ち着け、後は円だ。最初の位置に戻る)

 銃を構え、魔物へ向けたまま最初の矢を放った場所を目指す。

 獅子が、素早い動きで魔物へ切りつける。楽に避けている魔物だが、かすり傷は増えている。

(あの獅子が振り回されるなんて、半端じゃない。ランクB相当か)


 本気を出していればとっくに、いや、数秒で儀礼たちは死んでいた。

 遊んでいるお陰で生きていられるのだ。

(ここだ! 円ができた!)

 儀礼の靴の跡と、聖水が撒かれ続けていることを確認する。

 儀礼のほっとした瞬間、突風によって獅子と儀礼は吹き飛ばされた。

「うっ」

 背中を打ちつけた二人の目の前に、炎の玉が迫っていた。

 ドーーン

 辺りを砂煙が覆う。どうなっているのかよく見えない。

 熱風と衝撃がきたことはわかった。体が飛ばされ、地面に倒れる。だが、炎の玉をくらったにしては軽い、儀礼はそう思った。


「くっくっくっ。もろいねぇ」

 砂の向こうから魔物の楽しそうな声が聞こえる。

 ほんの数秒だろうか。うっすらと砂が晴れるまでもが、随分と遅く感じた。

(どうなったんだ?)

 儀礼は目を凝らす。そして―――。


 目の前には獅子が倒れていた。服はボロボロ、炎の玉を受けたのだろう。

 儀礼をかばって。

「獅子! 大丈夫!?」

 出したはずの声はかすれていた。ゴホッ ゴホッ と軽く咳き込む。

「うっ……」

 わずかだが動いた。生きている。儀礼は安堵した。

「人の血肉はいつかた振りだろうねぇ」

 砂の向こうから嬉しそうな魔物の声が聞こえてきた。

(しまった、利香ちゃんが……)

 儀礼は立ち上がる。

「こ、来ないで……」

 震える利香の声が弱々しく聞こえてくる。

 砂がだいぶ晴れてきた。

「利、利香……」

 獅子が苦しそうに立ち上がっている。

 儀礼は魔物を見ていた。銃を構え、ひどく緊張している。

(うまくいくだろうか。だめだったら、皆ここで死ぬ……)

 せめて、利香だけでも逃がしたかった。あの悪魔が、利香の血を覚えてさえいなければ。

 一歩、また一歩、魔物が利香の方へ、歩く。


 一歩、地面の矢で作った陣の間へと入る。

(もう少し、落ち着け)

 儀礼は必死に自分の心臓をなだめていた。ドクドクという音と自分の息がうるさい。

 ボロボロの獅子と、銃を構えた儀礼が立っているのに気付かないわけがないのに、魔物はごちそうである利香のことしか見ていなかった。

 一歩。利香が気を失ったのがわかった。

 獅子がナイフを構えた。刺し違えるつもりだろうか。

 儀礼は片腕を獅子の前へ出し、押し止める。

 驚いた獅子が睨むように振り返ったが、儀礼は別のことに集中していた。


いにしえの神々よ、六芒星の契約により、邪悪なるものを捕らえ、聖なる力で昇華せよ」

 儀礼が、通る声で唱え始めると、銀の矢によって作られた六芒星が光りだした。

 グアアアーーーーァ

 たちまち、六芒星の中にいる魔物が苦しみだした。

 体のあちこちから煙りが出て、どんどん姿が縮んでゆき、気配も弱まってゆく。

「まさか、こんな術を知っているとは」

 魔物は驚いている。

 最後の矢で、動けずにいる魔物の心臓を狙う。

 ダン!  ザシュッ

 にぶい音と共に、青黒い血のような物が噴出す。

「がぁぁぁぁ……」

 苦しげに倒れる魔物。


 だが、心臓からわずかにそれていたのかまだ生きていた。

 ジリッ ジリッ

 儀礼の肌に焼けるような感触がきた。

「おのれ~っ!」

 魔物は怒っているようだ。たかが、人間の子供風情に、ここまで苦しめられたのだ。

 すでに獅子であれば一撃で倒せる程、弱りきっている魔物だが、その怒りは儀礼にはきつい。

 たちまち動けなくなってしまった。

 六芒星の輝きが鈍くなり、魔物が這い出してきた。


(逃げなきゃ)

 魔物は人差し指を儀礼に向け、レーザーのようなものを撃つ。

 鋭い光は儀礼の頬とマントを切り裂いた。頬から、血が流れる。

 だが、動けない。

「ふん。こんな近くで、外したか」

 苛立ちを募らせ魔物はさらに儀礼に近づく。体を引きずるように、腕の力だけで儀礼の方へと寄ってくる。

 ズルッ ズルッ

 逃げなければ、いや、倒さなければ。わかっていても、体が動かない。

 今の魔物では、儀礼を殺すことはできないかもしれないが、逃げることはできる。

 さらに力をつけて、人々を襲い出すかもしれない。

 血を覚えた利香の元へは必ず来るだろう。


 なのに、動かない。

 儀礼は自分への情けなさでいっぱいだった。

 だから、気付かなかった。

 怒りの形相で、魔物へと近づく―― もう一人の少年に。


「俺の仲間に手を出すんじゃねぇっ!!」

 獅子は銀のナイフで、魔物を切り裂いた。

 切られた場所から青黒い血が溢れ、魔物は存在していられなくなり、黒い塵となり空気中に散っていった。

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