降雨
半ば、威圧的に佇む水光源を前に、この前、精霊を呼び出した時のことを儀礼は思い出す。
儀礼には精霊は見えないが、白が教えてくれた。
乾いた大地を前に、儀礼が知らぬうちに、たくさんの精霊を呼び出していたということを。
(静かに集中して……。)
儀礼は瞳を閉じる。
以前は、村の湖のことを考えていたら、精霊を召喚していたという。
同じようにあの湖を思う。
草木が茂り、その中にある豊かな青の煌き。
水面が揺らぎ、虫が跳ね、魚が泳ぐ。そこを眺めるのが好きだった。
体の中に何かが染み渡っていくようで……。
儀礼はその感覚までも蘇ってくるのを感じる。
(水の精霊達よ、僕に力を貸して……。)
森に、語りかけるようなつもりで、儀礼は強く願った。すると――。
儀礼の体が淡く光り、精霊達が次々と溢れ出してくる。
その光景に驚いたのは、精霊を見ることのできる白と、女神である水光源だった。
「こんな光景……初めて見た。そなた……何者だ?」
戸惑うように問う水光源。
「? 成功……したんですか?」
首を傾げる儀礼に、水光源は怒鳴りつけるように言葉を返す。
「見てわからんのか! これだけの数の精霊が。」
それに対して儀礼は苦笑して答える。
「見えませんから。」
水光源はさらに驚かされた。
これだけの精霊を呼び、精霊に愛されて、なのに精霊が見えない。
「なんて不安定な……。」
儀礼の不安定さに、不安を感じた水光源だった。
事実、よく見てみれば、彼の運命は……。
「そなた、今気付いたが周りの者より寿命が短いな。どうじゃ、お前が女になるならほんの2、300年ばかりわれの命を分けてやろうか?」
真剣な面持ちで言う女神。
「なんですか、その2、3年みたいな調子で……。今の人間の寿命知ってますか? 60年ですよ?」
あきれたような目で水光源を見る儀礼。
「人の善意を茶化すでない。」
敬うことを忘れたような儀礼に、水光源は口を尖らす。
(こんなのが神様でいいんだろうか。)
世界の理に不安を感じる儀礼だった。
水光源は儀礼の呼んだ精霊達に力を借り、地域一帯に雨を降らせた。
本来なら雪となるはずの冬の季節に、温かい水の雨粒は3日3晩ほど降り続くことになる。
村人達はこぞって水がめを持ち出してその雨水を溜めている。
「すごいですね!」
降ってくる雨に全身を濡らしながら儀礼は言った。
さっきまでの、水光源に対する不信感などを吹き飛ばし、ただ純粋に賞賛している。
水光源は満足そうにうなずく。
「ふむ、われの力をもってすれば、これくらいたやすいことだ。」
得意げに言う。
「ならどうしてすぐにしなかったんですか?」
不思議そうに問う儀礼。水光源の力を疑ってる様子はない。
女神はますます儀礼を気に入ったようだった。にんまりと微笑む。
(やはり男にしておくのはもったいない。)
水光源は、人から神になった存在で、まだその存在の歴史も浅く、神としての位、神格も低い。
その特性上、今は女性にしか触れることができなかった。
「そなた、生まれる性別を間違ったな。」
なんだか残念そうな水光源の言葉に顔を歪ませる儀礼。
「……よく言われますよ。」
顔をうつむけて、イヤソウナ表情を悟られないようにする。
「本当に女子になる気はないのか? 寿命だって、周りの者が死んだらわれの元へ来ればよいし。」
期待を込めた金色の瞳で見てくる女神に、儀礼は呆れを混ぜながらも、はっきりと断る。
「人の世界に干渉しちゃいけないんでしょう。私はこのままがいいです。」
「人間一人、消すわけでもないし、ほんの少し肉体を変えるだけだが……。」
「やめてください。」
だんだんと怒りを通り越して泣きそうになってくる儀礼。
仕方ないか、と水光源はため息を吐く。
「ふむ。ではわれはやることも済んだし、いぬるとするか。そなたには面白いものも見せてもらったし……。」
そこでナゼカ水光源とネネが視線を交わすのを儀礼は見た。
それから周囲を見回しふむふむと水光源は頷いている。
「一つ礼をさせてもらおうか。何、気にすることはない。我には大したことではないのでな。」
そう言うと、水光源はフウーと儀礼に息を吹き掛けた。
「明日になれば分かるだろう。安心しろ、一日限りだ。お前が望みさえすれば幾らでも叶えてやるがな。」
にっこりと、意味ありげな美しい笑みを見せて、水光源は光の粒となって幻想的な光景を残し消えていった。
その光の残影に呆然と見入っていた儀礼だが、
「……って、息吹かけられたー!!?」
突如、叫び出した。
「どうしたの?」
不思議そうに儀礼を見る利香。同じ様にヘンナモノを見るような目の拓と獅子。
水光源の気配が完全に消えたことを確認したからか、白も近付いてくる。
「息だよ、息、ブレス。最悪だ……。」
泣きそうな顔の儀礼。
「ブレスって、女神の祝福の息吹?」
白が驚いたように儀礼に尋ねる。
力無くコクンとうなずく、儀礼。
「なんで? すごいことじゃない、女神の祝福なんて……どうして最悪なの?」
「……あの女神が最悪に見えなかったのか?」
正気を疑うように、儀礼は問い返す。
「えっと……ちょっと変わってたけど、雨降らせてくれたし、神様でしょ?」
白は、神様は疑わないらしい。
「ブレスを受けたってことは、あいつに俺の居場所が常に分かるってことだ……。」
悲しげな儀礼の声はどこかおかしい。
「ギレイ君が壊れた……俺って言ってる!」
何か違うことに白は感銘を受けている。
神の息がかかれば、とうぜん、ある種の人間達に存在を知られる。
教会関係者とか、シャーマン系とか、女神ファンとか……。
(危険増やしてどうするんだよ……。)
もう、悲しくて、涙で前の見えない儀礼だった。
だが、これはまだ始まりにすぎない出来事だった。




