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ギレイの旅  作者: 千夜
14章
397/561

古文書の内容

 その古びた本を半ばまで解読した時、儀礼は現在起きているこの村の状況を理解して思わず外へと駆け出していた。

「ちょっと待ってください!」

ようやくその場所を見つけて、儀礼は駆け込むようにして、祭壇のように飾り立てられた川の淵に立った。

間に合ったことに大きく安堵の息を吐く。


 『花巫女』から与えられた古文書、それに書かれていたことは、この近辺では昔から何十年かに一度こういった日照りに見舞われる年があるということ。

そして、その日照りを解消するために、にえを使うということだった。

村人達は伝統に従い、村の若い娘を生贄にしようとしていたのだ。


 先程泣いていたのは、生贄に選ばれてしまった娘とその家族だったのだろう。

非難めいた声で「なぜ」、と叫んでいたのは父親だったのかもしれない。

「何をするつもりなんですか! 人を生贄なんかにしたって、雨が降る確証なんてありません!」

決行しようとする村人達を、儀礼は必死に引き止める。


「よそ者にはわからねぇ。こうしなけりゃ、俺達は明日までも生きられないんだ。もう水がめの水も底をついてる。」

目の下をくぼませ、疲れ果てたような男が一人、説得するように儀礼の前に立って言った。

周りの男達は殺気立ったように儀礼のことを見ている。

「少しだけ、時間を下さい。」

手の平に爪を食い込ませ、儀礼はなんとかこの儀式をやめさせようと考えを巡らせる。


「必ず……必ず私が雨を降らせますから、人の命を奪うのはやめてください。」

儀礼は深く頭を下げる。

ざわざわと相談するような小さな声が聞こえていたが、儀礼たちのメンバーの中に利香という若い娘がいたからだろう、それを言外に含ませてその場での生贄の儀式を中止させることができた。


「それで、どうするの? ギレイ君。」

慌しく宿の部屋へと戻ってきた儀礼に事情を聞いて、どうするのかを白が聞いた。


「確かに、この辺りでは大昔に生贄を使っていたみたいだけど、この本によれば、それは必ずしも殺すことではないみたいなんだ。」

古びた本を開き、読み進めながら儀礼は答える。

「どういうこと?」

「ここにある、雨を恵む神、『水光源すいこうげん』かな、は、清らかで、若い娘を好み、会話をする友と欲したってあるんだ。」

ページの一部分を指差して儀礼は言った。

しかし残念ながら、その古びた本の文字は、白たちには解読することは不可能だった。


「神様?」

首を傾げて白が問う。

「うん。世界には数多の神様がいて、地域に根付いてたり、古代に滅んでしまってたり、世界に均等であったり、人に寄り添う存在だったり、その逆だったり。いろいろいるんだよ。その中でも、この神様は、大分人寄りの神様みたいだね。若い娘を巫女として側に置いて、常に人と会話を持ったりとかしてたみたい。」

儀礼は説明する。

なんとなく、人の好きな神様、と印象の良くなる儀礼。


「『水光源』の名の通り、水と光、つまり天候を扱う神様みたいだね。」

もう一度、古びた本に目を通しながら儀礼は言う。

そして、にっこりと笑う。

何か、企みのある顔で。


「それじゃぁ、やっぱり、利香ちゃんに生贄になってもらおうかな。」

儀礼の言葉に戸惑う一同であった。



「ねぇ、儀礼君。本当にこれでいいの?」

大丈夫? と、心配そうに利香が聞く。

白い長い襦袢に、地味だが高価な生地の衣装を着て、頭や手足を木の実や蔦で飾りつけている。

木組みで作った神輿の様な物に乗り、利香は腰掛けている。

見た目はまさしく巫女である。


「巫女なんて、私の方が似合ってるんじゃないかしら?」

現役占い師シャーマンのネネが言う。

「だって、ネネじゃ『清らか』じゃないじゃん。」

言った瞬間、パンと、ネネが持っていた本で儀礼の頭をはたいた。

宿に置いてあった娯楽用の分厚めの本だった。


 儀礼の言葉の意味に気付いた拓とネネに、気付かない利香と獅子。

「ネネさんの方が私より綺麗だよ。」と利香。

「若い女ならいいんじゃないのか?」と獅子。

ちなみに、白には何かあった時のために後方で待機してもらっているので、今の会話は聞こえていないはずだ。


「うーん、確かに幼女でも有効みたいだけどね。でもネネはショ……。」

ゴン!

娼婦と言いかけた儀礼の頭を拓が察して殴る。

「よけいなことを言うな。」

「いってーっ。」


 頭を抱える儀礼の横で、村人達による祭壇の準備が整ったようだ。

村人達は、白よりもさらに後方に下がる。

これから起こることに緊張し、恐れているようだ。


「じゃ、始めるよ。」

儀礼は古文書を片手に聞いたことのない言葉で詠唱を始める。

シャラン、シャラン

と、時たま鈴を鳴らす様子は神々しくて、美しかった。


「この地をつなぐ恩恵深き神、御名よ『水光源』我らの願いを聞き入れたまえ。」

そう、儀礼が唱えた瞬間、辺りに淡い光が立ち込める。

強い風が、清浄な気配と共に吹き抜ける。


「われを呼んだのはそなたか?」

風が収まった後、その場にいたのは、白く長い布を全身に巻いたように漂わせる、青い髪と金の瞳の美しい女神だった。

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