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ギレイの旅  作者: 千夜
14章
384/561

遺跡の守人

 シュリが移転魔法で連れていかれた場所は、Aランクの中でも難易度の高い遺跡、ハルバーラ。

その遺跡の前から続いてもう一度アーデスは移転魔法を唱える。

そこは、アーデスしか足を踏み入れたことのない最下層。


 儀礼が見せた地図はこの遺跡の全体図。

つまり、外観を上から見た図だった。

その中心に近い部分に赤い印はついていた。


「この辺りか。」

最下層にいる、Aランクの魔獣を倒しながら進み、アーデスは地図で示された辺りの天井を探る。

シュリは戸惑いながらも、人生初の難関遺跡の最下層、そして、上級Aランク魔物と対峙していた。


 武器にまるで手応えがない。歯がたたないような強敵。

それをアーデスは次々に捌いていった。

シュリは本物の冒険者の力を感じた。


 ガコン

床に足場を作り、天井の一部にアーデスが手を当てたところで、そのブロックが奥へと押し込まれた。

次いで、周辺の天井ブロックが蓋のように開いた。


 そこにあったのは、天袋のような狭い空間。

何かが朽ちたようなほこりと、人の骨のようなものが寝かされたように置いてある。

手が組まれ、これが埋葬されたものだとわかった。


「これは……。」

天井の扉から、その狭い空間を覗き込みシュリは驚いた声を出す。

「棺桶だな。木の棺だったようだ全て朽ちている。遺跡を作った時に、ここに安置されたんだろう。」

アーデスが言う。


「それじゃこの遺跡は……墓?」

シュリは眉をしかめる。

「いや、こいつは遺跡の守人だ。長い時、この建物が続くように。この建物が遺跡と呼ばれる前の時代、亡くなった戦士の魂が悪しきものから守ってくれると信じられていたらしい。」


「守人……。」

シュリは静かにその遺骨を見る。

大きい骨は、2m近い。生きていたときはもっと大きかったのだろう。武具と思われる装備がそのまま骨の上に置かれている。


「ギレイの言ってた強い武器はこれだな。」

言って、アーデスは骨の手から武器を抜き取る。

大きな金属製の斧。

アックスと呼ばれる物。


「アーデス! そんな亡くなった人の物を……。」

驚き、慌てたシュリにアーデスは当たり前のように言う。

「遺跡から出る宝はたいていこういう物だぞ。人の踏み込まないと言われる遺跡なんかは、過去に探索に入った冒険者の武器が落ちてることもあるしな。」

言って、アーデスは遺骨から兜や鎧もはずし始める。


 脆くなっていた骨がポロポロと崩れる。

「の、呪われ……。」

シュリは血の気をなくし、顔を青くする。

「それは、お前次第だな。」

そう言ってアーデスは意味深に笑う。


 アーデスはそのアックスと兜をシュリに押し付けるように手渡した。

シュリは困ったようにそれを持つ。

骨の周りから何かの魔力が湧き上がった。

アーデスは慣れた様子で、シュリは驚いて、それを見つめる。


 そんな二人の足の下では、遺跡の魔物が集まってきていた。


「下は任せろ。シュリ、後2分で帰るぞ。さっさと片をつけろよ。」

言って、アーデスは足場から飛び降りた。


 アーデスが次々に魔物を切り倒す中、シュリの目の前には巨体の男が現れていた。

その体には確かに鎧と武器が装着され、しかし、うっすらと体が透けて見える。

シュリがいる場所は遺跡の狭い棺の中ではなかった。広い、レンガで囲まれた何もない空間。


「お前は何を望んでこの武器を取る。」

低い、響くような声で見たこともないその男が言う。

「あ……望む?」

シュリは呆然としていた自分に活を入れる。何のためにここに来たのか。


 強くなりたいと、そう思って。

何もかもが突然過ぎてシュリの思考はついていけなかった。

「強くなりたい、それが望むことか。」

シュリの思考を読むように、男が言った。

「そうだ。あいつに、あいつらに負けないように強くなりたい。俺はまだ何にも知らない子供みたいだ。悔しい。このままは嫌だ。親父のように強くなって家族を守る力を持つ!」


シュリは子供の頃に苦労した。ろくな物を食べられない日もあった。

一番大きいのだから我慢しろと、どんな時にも小さな弟妹が優先。

でも、本当に苦しいときに、下の子から弱るのを確かに実感していた。


 空腹に苛つく元気のあるシュリと違い、小さな妹は泣き声すら上げなくなった。

死ぬのだと、放っておけば死ぬのだと、シュリは実感した。

父は生活費を稼ぐために、危険な仕事を繰り返し、たまにしか帰ってこない。

母は小さな妹たちを背負いながら朝から晩まで働く。


 そんなある日に、アーデスがシュリの家に来た。

15、6歳の少年はもう、ランクAの冒険者だと言う。

父と共に仕事ができるほど強かった。

子供にだって、できることがあると、シュリは知った。


 1年2年で、あんなに強くなれるわけがない。

シュリは見よう見まねで自分を鍛え出した。暇があれば近所の仕事を手伝い小遣いを稼ぐ。

シュリは、小さな子らの兄であり、父代わりでもあった。

ずっと、そうして暮らしてきた。


 でも、バクラムが儀礼の護衛になり、収入に余裕が出た。

バクラムは危険な仕事に長期で出ることもなくなった。

シュリは肩の荷が降りた気がしていた。


 そうしたら、今度は同じ年頃の強敵、ライバルたちの出現。

もう、シュリは家にとらわれる必要はない。

強くなりたい。思う存分、自分の力を振るいたい。じぶんの命をかけて。


そうして、そうして、家族のもとへ、兄として帰る。守るもののある場所へ。

息子として。


「己を見失わない覚悟はあるか。」

低い声が聞く。

己を見失わない、シュリの望む強さは何をもたらすものであるか。見失ってはならない。


「俺は俺のままでいる。俺の欲しい力はずっと守るものだ!」

シュリは叫んだ。どんなに強くとも、いそがしく働いても、大事な時にいつもいなかった父。甘えることもできなかった母。尊敬すると同時に、冷めた己の心があるのを感じていた。

だが、いまさっき、全てが消えた。

全てを許し先に進む力が湧いてきた。


「認めよう。我が最強の武具、お前に譲ろう。」

響くような声と、輝く光とともに男の姿が消えた。

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